緑の丘陵と青い空、そしてそれを彩る民家と森が立ち並ぶ、長閑な農耕地——————。

分割世界メルンテーゼ。

「…………えーと、しゅーごーばしょ、しゅーごーばしょ……」

そんな世界に一点、朱い雫を落としたような光が一つ。
手のひらに乗りそうな程度の女性の形、光でできた3対の羽。

俗に、妖精と呼ばれる存在だった。

「……んー、これは、もしや……」

体に不釣り合いな大きさの書簡を持ち、挙動不審にきょろきょろと見渡している。

「……まよった！」

聞いている方が不安になる台詞を笑顔で言う。
妖精はいい塩梅の大きさの小石を見つけ、軽やかに腰を掛ける。

「……うーん、いっきって、どこでやるんだろー」

一揆——農民が支配者に反抗する行為。
この世界では、とある資源を独占する王に反旗を翻すべく、別世界に対して救援を送っていたのである。
彼女が持つ書簡は、その救援の要請書。
しかし紙を持つことにすら苦戦する小さな少女が戦力になるはずがないということは一目瞭然だった。

「……こーゆーときはっ……と」

軽快な動きで宙へ舞う。

「——————♪」

歌うような言葉を紡ぐと、どこからともなく現れた白い如雨露が少女の手に握られていた。

「——————♪」

歌とともに如雨露から水を振り撒く。まるでダンスを踊るかのようなリズム感溢れる動きは、もし見る者がいたなら目を奪われていたことだろう。

——————そして、爆音。

妖精の舞とは不釣り合いな音。そして地面から生えてきた、茶色く、太く、大きな聳え立つ——————触手。

「やったー！　だいっせーこー！！」

傍から見れば合体事故としか思えないような異形の誕生だったが、彼女にとってはこれが成功らしかった。

「うん、いっきするのにもせんりょくはじゅーよーだし、まよったときにはこれがいちばんだよねっ」

なるほどこの触手を戦力として利用するなら、並の大人程度なら圧倒できるだろう。

「しょくしゅさんしょくしゅさんはじめまして。わたし、ミストリアっていうんだよ」

頷くように鎌首擡げる触手。なんと言葉がわかるようだった。

「やったー！　このせかいでもちゃんとしょくしゅさんできたー！」

朱色の妖精————ミストリアは、巨大な触手の周りをステップを踏みつつ旋回する。そして頭に該当するであろう場所で止まり、

「ところでしょくしゅさん、いっきのしゅーごーばしょって、しってる？」

触手はゆっくりと頷く。一体どういう理屈なのか、ある程度の知識と知性も兼ね備えているようだった。

「やったー！　あんないしてあんないしてー！」

言うが早いか、ミストリアは触手の背中……に該当しそうな場所に飛び乗る。

それを確認したのだろうか、弾かれたような勢いで触手は一直線にある場所を目指し始めた。

————その先には、一際高い場所に聳え立つ巨大な城。
森の中に溶け込む石造りの建物に向かって、異形と妖精は森の中へと猛進していくのだった————。