△01-T



　煤を纏った藁葺の天井が、竈の火に照らされていた。陽の光は感じられない。さりとて自分が死者の世界に居るようにも思われない。まずはここが何処なのか調べなければならなかった。しかし、起き上がって周囲を確認すべく全身に籠めた力は、微かな身じろぎを引き起こすに留まる。自分の体はとにかく衰弱しきっているようで、当分の間、思うように動いてくれそうにはない。

　どれだけそうしていただろう。幾度目かの挑戦に失敗し、脱力し息を吐いたところで、蓙に接している背中に足音を感じた。程なく擦過音と共に、冷えた空気が身体を撫でた。引き戸が開いたのだろうが、首を巡らせることもできない状態では視界には入らない。

　目が覚めたか、といった趣旨の言葉がかけられたのは分かり、肯定のために全力で息を吐き出した。あ、と意味を成さない声が自分の口から出たのが聞こえる。それを聞いた相手は、少し待っているように、と言って何やらごそごそとやり始めた。

　天井の光が、ほんの少し暗くなった。その理由が、火の上に鍋を置いたからだということは、間をおいて漂いはじめた穀物の炊ける香りで気付くことができた。先ずは食事をしなければ元気などでないからな、と鉢を持った農民然とした男が視界に入り、匙をこちらの口へと差し出した。

　食物の匂いが意識を満たす。自分が何故生きているのか、何故此処にいるのか、此処はどこなのか。そういった疑問は全て吹き飛んだ。


ただ、まだ生きていたいと、そう思った。



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そう言ったカメルに対して、応える言葉はない。

その代わり背中に、微かな息遣いを感じる。

しかしやはり、言葉が投げ返されることはなかった。

ただ、微かに空気が横に散る気配を背中に感じ、男は嘆息する。

露の顔が今にも泣きそうなくらいに歪む。しかしカメルはそれを見てはいない。

碌に視線は向けぬままで、しかし正確に。カメルは手に持っていた大きめの笹包みを、背後の露へ突き出した。

突然目の前に突き出された袋に驚いた露は、思考を停止させたまま包みを受け取る。

一瞬の驚きからまともな思考を取り戻す前だったろう、反射的に役目を貰った事に喜びかけた露が、続く一言で凍りつく。

一転して泣きそうな顔で包みを差し出してくる露を一瞥して直ぐに視界から外し、カメルは歩みを早めてゆく。

応えはないが、包みを開く音のないまま、足音はついてくる。
中々上手くいかないものだな、と胸中で再び嘆息すると、カメルは足を止めぬまま、近付きつつある王城を睨んだ。