ぐるりと、世界が逆さまになった。

視界に映る景色は目まぐるしく変わり、
やがて鬱蒼とした夜の森の姿で固定される。

辛うじて動かせる双眸を巡らせてみると、
傍らに、剣を持った人が立っているのが見えた。

ゆっくりと刃が振り被られる。
差し込む月のひかりを切り裂きながら、それは、


＊　＊　＊


そんな夢を見るのだと告げると、女はまるで人みたいだと笑った。
何度か失敗しながら習った呪文を告げる。
角が隠れ、牙が隠れ、羽が隠れた。“まるで人のような”姿だ。

新しく渡ってゆく先は決めている。
探し物のありそうな世界とはいえど、それが何か、男の記憶は胡乱だ。
なにせこの生活も長い。始まりが思い出せないぐらいには。

夢か現か。宛てなく行く先に、その答えが見つかるのだろうか。


＊　＊　＊


そんなことをもう幾度繰り返してきたことやら、首を傾ぐ。
最近はすっかり、目的は後回しで目先の利を求めるようになった。

つまるところ、
面白いものを見つけるだとかおいしいものを探すとか、そういう。
いつかの女が今の男の姿を見たら、果たして何と評するだろう。

“より一層、人のようになった”と？


＊　＊　＊


繰り返し、繰り返す。


＊　＊　＊


辿り着いたばかりの世界は、戦だか何だか、そういうものに揺れていた。
適当に入った食事処でも話題は専らそればかりで。
店主の話を聞きながら、主においしいごはんに気分が高揚する。

　鶏もも肉のコンフィ、
　豆とベーコンのサラダ、
　トマトとチョリソのタルティーヌ、
　チーズとほうれん草のパスタ、

他にも良い飯屋を知らないかと問う。
同時に、一揆に参加してみないかと問われる。
戦ごと“には”興味がない。けれど、それで得られる恩恵もある。
迷った素振りで、けど碌に考えもせず男は首を縦に振った。

理由らしい理由は特にない。
ただ——此処のごはんが、とても、素晴らしかったので。


＊　＊　＊


美味しいものといえば。
店で知り合ったアヒルの獣人の少女が、その辺りを詳しいという。
なんでも彼女もおいしいもの好きで、メルンテーゼの出身で、
同じように一揆に参加するらしく（陳情の為といってた気もする）
食事の間も王城の方へ向かう間も、延々食べ物の話をしていた。

これが聞くところの「縁」ってやつだろうか。
おいしいもの目当てと言われれば否定は出来ないけれど、
行く道が同じなら、折角だから着いて行っていいか聞いてみよう。

ともあれ、まずは一揆に参加するための手続きをしなければ。
彼女に歩調を合わせながら、男は指定された場所へと歩き出した。

カントゥチーニを齧りながら。

（男が右手を軽く振ると、それは見る間に異形のものへと変わっていく。
　前腕の半ばから歪に大きくなったその先、黒く鋭い爪がぎらりと光った）