瞼の向こうの白光が落ち着いた頃、私はゆっくりと瞳を開ける。
いったいどれくらい目を閉じていたのだろう、時間の感覚がひどく曖昧だ。
ぼんやりとしていた焦点が、だんだんと合っていく。そうして——。

　——そこに広がっていたのは、全く見たことのない風景だった。

「……」

　驚きは無い。それどころか、ほんの僅かの感慨すら胸の中には無い。
強いて言うなら、上手いこと術式が働いたのか、という小さな安堵だけ。
だって私は、望んであの世界を抜け出して、此処に来たんだから。

　とはいえ——私がどんな所に『分岐』したかなんて、全く分からない。
というよりも、場所が変わっただけで実は同じ世界だという事も十分ありえる。
まさか、その辺にいる人に此処が何という世界なのか聞くわけにもいくまい。
もとより私も、今までいた世界の名前なんて知っていないのだし。

「……『ブルート』。ちゃんと居るね」

　太もものホルスターに手をやり、相棒であるナイフの無事を確認する。
これさえあれば、私にはもう他に何も残っていなくて良い。
『ブルート』以外のすべては、元の世界に一つ残らず捨ててきた。

「ふ、ふふ。ふふふ」

　自然と笑みが零れてくる。止めようにも止める事なんてできやしなかった。
——それが明るい笑みじゃなくて、この上無く乾ききったそれである事くらい。
久しく笑う事をしていなかった私にも、はっきりと理解できた。

　そうだ。捨ててきた。これまでの過ちも、淀みきった未来も、全て。

　でも——もうひとつだけ、捨てる事のできなかったものがある。
それは、この先の未来にたった一つの間違いも犯さない自信のある私。
『向こう』で辿った道をもう二度と行く事のないであろう、私自身。

「そう。私はきっと、何度でも繰り返してしまう」
「——だったら。最初から望みなんて、持たないよ」
「私を歩かせるのは、未来じゃなくて、十字架」
「命を繋いでくれるのは、希望じゃなくて、絶望」

「……私が間違いを犯す人間でしかないのなら」
「過ちだけを詰め込んだ布袋になれば良いよね、ナコリ？」

　少女——ミモザ＝ブルーメンタールは独白を残し、一歩を踏み出す。
場所が違えど変わりはしない、深い失望を小さな体に秘めたまま。

少し間を開けてから、口元を歪め。

顎でしゃくって示し、さあと促した。

目の前に現れた男が、突如としてミモザに話しかける。