「タカチホ、油揚げ買ってきたぞ。」

「有難う、九郎ちゃん。
　疲れたでしょう？いまお茶をいれるわねえ。」

戸から差し込む明かりで白に近い金髪は輝きを返した。
柔和な表情で天津国（あまつくに）に笑いかけ、書きかけていた文章の手を止め「よいしょ」と年寄り臭い声を上げながら立ち上がり台所へと歩いて行った。
高千穂（たかちほ）は天津国を引き取り育ててくれた親だ。
血は繋がっていないがそれでも心は許している。

「ごめんねえ、買い物まで頼んじゃって。」

申し訳なさそうに細い眉を下げ笑いかける高千穂に緩く頭を振る。
今はもう五月になるが高千穂は今年に入ってから一度も外に出ていない。
それは高千穂に２本の尻尾が生えた事が切欠だ。
自身の世界は妖怪を狩る事を日常の一部としている。
だが妖怪と自分達はどうにも似ているようで時折襲われた人が子供を身ごもる事があった。
それが高千穂や天津国だ。けれども世界はとても平等で優しい。
自分達のような半端物でもちゃんと人権をくれるのだから。
半妖は生まれながらにして一部分人ではない箇所がある。
天津国の場合は歯が全て犬歯であることと手足が以上に毛深く形も人のものとは言えない。
高千穂は獣の耳が生え尻尾が生えている事、２本目が生えたのは最近の事だ。
徐々に年齢を重ねるごとに妖怪に近くなっていっているらしい。
故に他の住人に妖怪と見間違えられないよう、異常な部分を隠すのだ。
それさえすれば学校にも通えるしお天道様の元を歩ける。
天津国の手足は高千穂が部分的に化ける術を教えたおかげで簡単に誤魔化す事が出来た。
だが高千穂は引きこもりっきり、それを見たことが無かった。
曰く仕事に集中している。とのことだった。

「はい、九郎ちゃん。
　お駄賃におやつあげる。」

座敷の方で寛いでいると高千穂が盆に茶と甘蕉が置かれていた。
天津国にとって甘蕉はこの上ない好物だった。
皮を剥き頬張ると口いっぱいに甘さが広がる、それに柔らく消化にもよく栄養価も高い。
いつのまにか頬が綻んでいたようで、高千穂に頬を摘まれ笑われた。



…就寝前…

５月の夜はとても静かだった。
明かりの蝋燭で薄ぼんやりと部屋が照らされている。
布団が２つ敷かれ、片方の布団の上に高千穂が正座し此方を見ていた。
大事な話があるという。

「色々ね、決心がついたのよ。
　明日"お寺"に行こうと思うの。」

「応。」

天津国も正座し高千穂の話を静かに聴いた。
気にする素振りもせず枕元から３つの封筒を取り出し前へと並べた。

「これは寮の手続きの書類。これはアタシの財産の引継ぎの書類。あともう一つは…まあ、手紙ね。
　九郎ちゃんは確りものだから一人でもやっていけそうね。」

「ガキじゃねェんだ、これくらいは出来るよ。
　有難うタカチホ。」

よかった、と小さく息をつく高千穂に天津国は小さく小さく「今までお世話になりました。」と言葉を返し三つ指を突き頭を下げた。

翌日、天津国はいつものように学校へと行き帰宅をした。
勿論家には高千穂は居ない。
早いうちにここを引き払って寮の部屋へと移らなければいけない。
初めて一人を経験した天津国はぼんやりと、寂しさを感じた。




３年ほど前の話だった。
今でも高千穂の手紙は持っている。
だが終ぞ手紙を開けたことは無い。

子供が突進してきた

狐耳の隻腕の男がエリカ達と一緒に天津国さん達の所にやって来た

天津国さんと鉄の男さんに順番に握手を求め