「いっっ……つぅ〜！」
痛む頭をさすりながら、イルマはふぅとため息をついた。
スピードを緩めた小さな透明の翅（はね）が、上空からくるりと円を描いて枯草色の頭に降り立つ。
重さを感じないはずが頭が異様に重い。
「分かりましたよ。行けばいいんでしょ、行けば。」
都へと向かう足取りも重かった。


都では一揆の参加者を募っているらしく、イルマはそこへ向かっていた。

今から少し前、半世紀ぶりに新たな王が立った。
都は祝賀ムードで沸き立ち、イルマの住む村にもそのニュースは喜びと共に伝えられ、皆浮き足立っていた。
しかしその喜びも束の間、新王がネクターの独占を始めたのだ。
人々の生活に欠かせないエンブリオ、そのエンブリオと契約を交わす為に必要なネクター。
ネクターを奪われては人々の生活はままならず、次第に生きづらくなっていった。

そんな時、都で大規模な一揆を行うらしいと知らせが入る。
気の小さいイルマは、村人が立ち上がるのを見送りながら細々と畑仕事をしていたのだが、そんなイルマを見て一際苛立っている者が居た。
イルマのエンブリオであるシルフのトゥーリだ。
初めは一揆に参加しろと優しく諭していたのだが、まったく動く気配のないイルマに痺れを切らしたトゥーリが、思い切りイルマに突進する。
逃げ回りながらも拒否を続けるイルマを更にど突きあげ、やっとの事で首を縦に振らせることに成功した。
俺が行った所で何の役に立つんだ…とか、ぶつくさ言いつつ部屋の隅で埃を被っていた護身用の弓を持って、見るからにあんた大丈夫なのかい？という村人の目に見送られながら、イルマは都へと出発したのだった。


歩きだして暫くすると、ふと香ばしいコーヒーの匂いが鼻先を掠める。
そのほんの一時、それまでの不満や不安、緊張で満たされていた心がほんの少し和らいでいく気がした。
ふわふわと時折流れてくる香ばしい匂いを楽しみながら、一軒の豆屋に辿り着く。

ちらりと店内を覗き込むと人が居て客がある事が分かった。
不器用に軒先に並べられた豆に身を潜ませる。
「すみません、お願いします。」
と小さく言うと、イルマの頭に乗っていたトゥーリがふわりと浮き、二枚の翅の中心でキーンと光が増した。
目の前の空気が凝縮され、歪む。
僅かな息苦しさを伴いながら、エンブリオによって鮮明になった視界で店内に目を凝らす。
店主と看板娘のガラと、客らしい男二人。
そのどことなく怪しい雰囲気にぴーんと来た。
あの人達は一揆の参加者だ！間違いない。

暫くそわそわと様子を伺っていたイルマは、豆の間から飛び出し、豆屋に駆け込んだ。

男は馴れ馴れしい様子でそう言って、首を傾げている……。

その瞬間エンブリオの姿が消え、イルマの頭が弾かれたように傾く