12年。故郷を離れてから、それだけの月日が流れた。
周囲の思惑によって象られ、期待や憧れによって彩られた目的も、
時間の経過とともに色褪せ、曖昧になってきている。
色を失った象嵌細工にはただ、名残を感じさせる凹凸の手触りのみ。
目的を思い返す事で理解出来ても、あの頃のような強い衝動を得られるべくもなかった。
その原因として思い当たるのが、8年前、リンテントポーゼに流れ着いたことだ。

　当初は領主のエンブリオを奪えば事が済むと思っていた。
だが、それは目論見違いであり、目的を切り替える必要があった。
領主のエンブリオほどの存在に近付ける機会と考えれば悪くない。
そう思っていた。

　故郷の人間以外は信用ならない。
その事は、旅に出たばかりの最初の4年間で思い知らされた。
例え他の誰かを蹴落としてでも、という考えは至る所に蔓延しており、
そうした中でまだまだ純粋な、人を疑わぬ若者が生きていくことは、
毒沼を歩いて渡っていく事と同義だった。
確かに、剣呑とした考えに染まらない人々もいた。
だが、人に裏切られる事に慣れていなければ、誰もが同じに見えるものだ。
3年も経つ頃には、鋭い角を磨き上げるのに十分なだけの痛みを味わっていた。

　ところがどうだ、リンテントポーゼでの日常は。
定住によって安らぎが得られるとは知っていた。
だが俺はどこかで恐れていたのだ。
そしてその恐怖は、的を射ていた。
日々の生活が川の流れのように、尖っていた角を、目的を、洗い流してしまったのだ！
安穏とした稼業ではない事だけが、せめてもの救いだろう。
そのお陰でまだ、一族の技術と誇りは俺の中に根付いている。
だが、やはり、自分の中に安らぎへの反発があった。
目的も果たせず日々を過ごす焦り。
それだけは、いつまでも燻り続けていた

　こんなはずではなかった。
そんな時訪れたのは、新たなる王にまつわる話と、
領主が反攻勢力への助力するという情報。
新たな風を感じたとき、かつての力強い衝動を感じた。
王城のエンブリオの生態、ネクターの奪還…そして、王のエンブリオ。
領主エンブリオの代替品としては悪くない。
そう思った。

ロープを結わえたり解いたりしている

ハーネスのリングにロープを通し、感触を確かめている

鉤爪を錘にしてロープを振り回している