天高く広がる青は初めて見る色で、

空を往く鳥は見覚えの無い形。

流れる風すら、知らない臭いを運んでくる。



自分の故郷とも、

過去に訪れた異界のどれとも、

今我が身を置く彼の地とも、

全てが違うと言うのに、

どこか懐かしさを感じるのは…


「ほらほらガル君！　こんな不思議なこと滅多にないんだから！

　人生、楽しんだもん勝ちって言うだろう？」


好奇心に満ち溢れる主の声が、

その昔、異界の地に飛ばされた際の兄弟と被ったような気がしたから…

などとは、決して思いたくない。


『ほらほらガルヴァ！　折角の機会なんだから楽しまなきゃ！

　溜息ついてると、幸せが逃げちゃうぞっ♪』




…似てないったら似てないっ！！




　　　　◇　　　　◇　　　　◇




自分達がこの世界を行き来するようになって直ぐのこと。

新たな違和感を感じた。

環境や文化の違いといった、どこにでもあるものではなく、

あるもの全てを徐々に侵食してゆくような、暗くおぞましい感覚。

それは日に日に肥大しながら、明らかに俺を狙って近付いてくる。

そして、その正体を俺は知っている。

それを野放しにすればどうなるのかも。

ただでさえ、一揆などと平穏とは言いがたい世界だと言うのに、

厄介なヤツに目をつけられたものである。



平穏を守るには、主をこの世界から遠ざけてしまえばいい。

その理由を説明することは出来ないが、最も簡単な方法である。

だが、事情を理解しようがしまいが、彼はそれを望まないであろう。

主は、自分に少しでも関わった者を、放って置ける人物ではない。

だからこそ自分は彼を主と認めたと同時に、今ここに存在していられるのだから。


ならば…




日本もメルンテーゼもよく晴れたある日。

まだ慣れぬ異界の地を理解するため、
主人は今日も好奇心に胸を弾ませ町の散策に乗り出した。

いつも通りならば自分も随伴するのだが、直ぐ近くにあの禍々しい気配を感じる。

「…あ。」

一つ、思い出したように声を上げる。

我ながら、少々わざとらしい声だったと思う。

「ん？　どうかしたのかい？」

「えぇ…、所用を思い出しまして。」

当然疑問符を浮かべた主に、声のトーンを落とし告げる。

「ガル君でもうっかりすることがあるんだね。

　じゃぁ、先にそっちから済ませようか。」

気のいい主は付き合うと言ってくれるが、それでは意味が無い。

「いえ、ご主人のお手を煩わせる程のことではございません。」

直ぐに終わりますので、と同行を断れば、主も一つ頷き

「そうかい？　じゃぁ、前に言ってた喫茶店に入ってるよ。」

すいません、と頭を下げる俺に軽く手を振り、雑踏に消えていった。



主の気配が完全に消えるのを確認した後、自分も踵を返す。

急がなければ。

わざわざ主の予定を変えてしまったのだ。

これで長時間待たせるようなことになっては執事の…否、『我が身』の名折れ。

事の発端に無関係とは言えない以上、

アレの性質を知っている以上、

捨て置くわけには行かない。

取り逃すわけには行かない。

アレは対なる者を求め、全ての生を平らげる。

無関係な者が持つ僅かな残滓でさえ、貪欲に追い求める。

その残滓は、あれから50年経った今でも、我が身に残っている。

否、宿し続けている、と言うべきか。

アレがこの世界にいるとなれば、
撒餌になると同時に処分するための者達もこの世界に来ている筈なのだが、
彼らが仕事をしている気配は感じられない。

気付いていないのか、到着が遅れているのか、駆除しきれない程の大物なのか…

…ともあれ、過去の因縁がまだ自分を追い、無関係な主にまで仇なすのと言うのであれば

「…潰してあげますよ。」

　*そう虚空へ微笑みかけると、青墨の翼が現れ、ガルの右腕に寄り添う。*

　*背後に続く、今も続々と数を増やしてゆく参戦者達の列を眺め*

木の陰に隠れて見ていたようだが、目が合った瞬間慌てて飛び出てきた

じーと頭の上のほうを見つめている。

顔を真っ赤にしながら、慌てている様子がとても可愛い。

そう言うと走って行ってしまった。

　　　　　　静かにはたきを構え

　　　　　　わずかに乱れた襟元を正し