森と高く広がる空と、あまりに濃く感じられる緑の匂い。それらすべてで感じる。
僕は非日常に居るのだ。

見上げる城は半ば山の草木の中に沈んでいるように見える。それでも人工物であることの隠しようはないが、防衛としては十分だろう。
あれだけの山ならば侵入経路も限られる。まず森の中でまともに進めるルートの選択というレベルから、城の入り口としてどこを選択するかまで。
ただ、その選択肢のすべてを自分が把握できているかは、いまいち自信がなかった。
この世界において一般的な選択肢——エンブリオの存在についての自分の知識は、あまりにも乏しい。
自分が知る唯一のそれである、この頭の上に乗った人形のことすら、把握しているとは言い難い。
呼びかけへ応えもしなければ、そこから動くこともない。ただひたすら、人形らしいとだけしか言えない。
荒事においても力を貸す存在らしいとは聞いていたが、直通でここまで送り届けられた自分には、幸か不幸かそれを実感する機会はなかった。
ただ、これからすぐに、その機会はやってくるようだ。

拳を握り構える男に向けて自分が向けるのは、指一本。「異議あり！」とでも叫び出しそうなポーズで、しかし自分にそこまで正義も覇気もないことは自分自身がよく分かっている。
自分がこの光景を見たら笑いを通り越して、意図が読めずに失笑するに違いない。
ただ、これでなんとかなるらしい。あの胡散臭い奴の言葉を信じてみるなら、だが。

「……相手さあ、思いっきり笑ってるんだけど。なんとかなるの、これで？」
『なるよ。私がそうした』
「あんた、何なの、本当」
『その何だか分からんものに力を借りる大馬鹿者の味方だ』
「言ってくれる。せいぜい貸してよね、その力とやら」

頭の上の人形が跳ねた。着地の気配はない。浮いているのか。精霊か妖精か、自分の知る言葉での例えにも合致している。
当然相手の男にもエンブリオが力を貸しているのだろう。その姿はまだ見えないが、この世界で戦う者がエンブリオの力を借りないとは思えなかった。

「さ、やろう。手加減とかいらないから。僕もそういうの、仕方が分かんなくてね」