任務の為、数名の仲間と共に異世界への扉を潜った桃香は、
何度か来た事の有る、海の香りの島へ降り立った。
夜の海の規則正しい音が、遠くから聞こえる。
初めてこの扉を潜った者も数名居り、僅かに物珍しそうにチラチラと
周囲に視線を飛ばす様子が窺えた。
此処では、全員水の中から現れる。
桃香も他の者と同じく全身ずぶ濡れで、頬を伝う水滴を指で軽く払った。
一足先にザブザブと豪快に水を乗り越えたのは、”風雷”の頭領。
早々に陸に上がると、慣れた手付きで衣服の水をギュッと絞り、パンと皺を延ばす。
迎えに出てくれていた神殿の人達の方へと頭領が挨拶に向かうその背後で、
班長的存在の男が、全員に早く上がる様にと無言でサッと手を振る。
桃香は、後輩の女子達に目を配りながら、自分も急いで陸に上がった。
この扉では全身が水に濡れる事が判っており、全員簡易な服装で、
防水の荷袋に全てを入れている。
無論、水を出た処で襲われないとも限らない為、最低限の武器は全員装備していた。
出来れば早目に、濡れたであろう武器を拭いてやりたい。
皆同じ思いであろうが、礼を尽くす事の方が先だ。
全員、頭領の挨拶が終わるのを一言も声を洩らさず待った。

「ももか！待って待って！」
翌日、準備の終えた者から任務へ出発・・・と言う時に、何処から現れたのか
ピエドラ・デ・ルーナの神殿の巫女見習いである、アマティスタことシスが桃香の腕を掴む。
「シス君・・・おはようございます」
仲間達が素知らぬ振りで脇を通り過ぎる中、桃香はシスに向き直って、にっこり微笑んだ。
昨日、他の宿泊客達の目に触れぬ様にと此方に着いたのは、夜遅く。
今朝も各部屋でひっそりと朝食を済ませ、目立つ制服の着用は次の港から…と、
皆、密かに行動する事になっていた。
この島に知合いは居たが、今回は”一揆に参加する”と言う、事が事だけに、
桃香もこの島の誰とも会うつもりは無かった。
一人で戦地に赴き、戦う必要が有れば一人で戦い、一人で旅を続けるつもりだった。
恐らくシスは、今朝になって己の知合いである桃香が此方に来ている事を知ったのだろう。
其処を、まんまと捕まったと。
いつもは要人警護の為だけに来ている自分が、明らかに外に出て行こうとしている。
どう言い訳すればよいのやら。
困った思いが頭の隅に小さく渦巻く。
「ね、ももか・・・」
シスが、ひそひそ話を求めて顔を近づけてきた。
「ももかも、一揆、行くの？」
思わずシスの顔を見る。
桃香が何か答える前に、シスは嬉しそうに提案した。
「ね！オレ達と一緒に行こうよ！」
「え？」
シスは神殿の巫女見習いで、そう簡単に外には出られない筈…
銀の気配を感じて視線を上げると、これまた見知った女剣士が歩いて来る所だった。
「シスなにやってんの・・・
モモカ。久し振り！」
「お久しぶりです、シェリィさん」
よく見れば、シェリィの装備は旅支度の様だ。
シスは”オレ達”と言った。彼と、シェリィと…と言う事だろうか？
「お二人は、どちらかに行かれるのですか？」
そうなんだよねーと、シェリィが少し困った様に苦笑する。
「ほら、一揆。あれの調査にでも行こうかなって」
「オレは、修行！シェリィと一緒に行くんだけど、ももかも一緒だと嬉しいな！
ね、シェリィいいよね？」
「あーうん。そうだねえ・・・」
いきなりの提案に困った様に言葉を繋ぎながらも、
シェリィが本気で嫌がっている訳ではない事は、桃香にも感じ取れた。
桃香が同行する事を望む者が二名に対し、一人で行くつもりの桃香一名。
シスの押しの強さにも圧倒的に負けてしまって、いつの間にか
桃香は二人と共に行動する事が決定となってしまった。
「ももかも一緒で嬉しいな！」
無邪気に喜ぶシスの様子を目にすると、断る理由もさして無いのに
邪険に断る事など出来ようもない。
「３人なら、戦いになってもお互いを守りあえるしね」
シェリィも桃香を歓迎している様で、桃香は嬉しくなった。

『出来れば、出発前に信用出来る者と組んで、以後の行動を共にしろ』
そう助言されていた言葉通りに、シェリィとシスと言う
十二分に信用に値する人物に同行する事が出来、桃香は一つ安心を得る。
視線を上げた先には、これからの旅を祝福するかのような、美しい空。
（必ず、無事に戻ります。今暫く、お待ち下さい・・・）
心地よい潮風を頬に感じながら、異次元の婚約者に想いを届けた。

（もうはぐれないよう小柄な少年と連れ立ちながら周囲を見回しながら歩く……と、雑多な人の溢れる人込みの中で視界をよぎった黒と、その髪に咲く桃色を見つけると、素早い身こなしで人込みをすり抜けて、その顔を確認してほっと安堵の溜息をつく）