■Beginning is a storm...

——元々自分・シェルシェーリィはこの世界“メルンテーゼ”の住人ではない。
では所謂故郷のようなものがあるかという話は……どうしても語る必要があれば、その時は……多分相手次第かつ事情次第。

基本的には聞かれてもはぐらかす位には、秘密。
そこは大人の事情、というようなものだろうか。

偶然が重なってこの世界へと辿り着いた折には、当座身動きが取れない程の深手を負って疲弊しきっていた上に、追加でそこで暴れていた魔物退治までする羽目になった。

本来の目的地と違った場所へ異界同士を繋ぐ通路からの扉が開いて出た場所は“ピエドラ・デ・ルーナ”と呼ばれる南海の島。
最初は傷を癒す間、たまにはこういう羽休めの時間もあっていいか程度の気持ちで、そう遠くないうちにこの世界を離れるつもりでいたはずだったのに。

気付けば気さくな南国気性の住民達や、自分にすっかり懐いてしまった少年、アマティスタことシスや、彼と双子の少女シトリーノらを含め、雰囲気諸所含め戻るべき場所より余程居心地がいい為に、何だかずるずると異界への滞在許可を貰った期間を引き延ばして今日に至る。

勿論所謂上司にあたる“古老達”を説得するそれなりの“理由”もあったのだけれど。
が、それにしてもそろそろ限界か……という頃合に。





この世界を守るべき王による、“ネクター” という紅い花の花びらの独占。
それによって行われる“エンブリオ”という生命体との契約は、この世界の住人達の生活の軸だという。
住民達は異世界からの精鋭をも要請し、大規模な一揆を開始した——。


そんな噂が、滞在していた南海の孤島までも届く。
それが自分がこの世界に留まり続けていた“理由”と関係するのかは、判らなかったけれど。

何らかの時が来たのは確かで。
本来の能力には未だ遠く及ばないが、最低限の戦闘に耐えうる程度のリハビリは出来た。

「一揆」が起きている原因等の調査へと出向くのを理由にして“古老達”から追加で滞在期間延長許可をもぎとってから。
諸所あってこの島へ来てから住居を借り受けていた神殿の巫女に、数年の間の衣食住の保証を貰った礼と。
旅立ちの理由を告げに行った所。

丁度社会勉強と精神的自立の為に旅に出すつもりだったと、アマティスタことシスを連れていくよう頼まれてしまった。

これには少々困惑する。
今まで自分は基本単独行動・単身戦闘を中心にしてきたので、誰かと旅で行動を共にする事にも、共闘にも慣れていない。
ましてシスはまだ１４歳の少年。
島から出ての旅の経験や実戦経験だってそう多くないだろう。

が。
彼と双子の姉・シトリーノの患っている病の事も持ち出されると弱く。
追加で自分の旅立ちを知ったシス本人からも頼み込まれると、もう折れるしかない。

何処の誰とも知れない存在に預けるよりは、自分が同行者兼目付け役として護る方が数段マシかと言い聞かせる。
数年その成長を見守った少年の事は、何だかんだで気になるのだった。

そこに、もう１人。
時々自分と同じく異界から訪問してこの島へ滞在していた“風雷”と呼ばれる一族。
そのうちの１人である桃香という名の少女が、救援要請に応じて一揆へと参加するという。

その話を聞いて、２人より３人の方が楽しいと人懐っこいシスが彼女とも一緒に旅をしたいと言い出した。
自分も彼女には以前ちょっとした借りがあったのと、シスと彼女の年齢が近いのと、ついでにシスよりは桃香の方が戦闘慣れしていそうなのもあり。
この際同行者が増えるなら１人でも２人でも同じかと、シスの希望にも快諾とはいかないが承諾する。

シスがそれに大いに喜んでいるのを見れば、何となく悪い気もしない……素直に嬉しいと言えないのは、自分の現在の力量で２人を護り切る自信の無さの表れかもしれない。
が、そこをあえて３人で互いを護りあえるかもしれない、と口にして不安を振り払う。

多分２人との共闘は、実際に旅先で数をこなして慣れていくしかないだろう。
恐らく前衛に立つのは自分になるのは間違いない。
２人の盾であるのは当然優先事項になる。

が、決して護るだけではなく。
２人に護られる事も、援護を受ける事もあるだろうから。


こうして一見すれば女性揃い（実際には１人少年なのだが）の、奇妙な３人パーティが出来上がった。

すっかり馴染みになった島の住民達に、必ず無事に此処へ帰ってきてくれと声をかけられながら見送られるのに、内心の嬉しさや照れ臭さ、ほんのり感じる寂しさのようなものを隠しつつ手を振って返す。
次此処へ戻るなら——調査が終了して島にある“扉”経由で、今度こそ帰る事になるのだろうと思いつつ。

こうしてアマティスタと桃香の３人で、シェリィはピエドラ・デ・ルーナの島を旅立ったのだった——。

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目の前に聳え立つ巨大な城。
広大な敷地に造られたそれはまるで要塞のようであり、また、自然に溶け込むように造られているため、群峰のようにも見える。

これから攻め入るという場所であろう。
すでに救援要請に応じてか、多種多様な民族・種族。
軽く数百人……いやもう千を越える大人数が周囲にはひしめいている。


しかしそれらに気を奪われたのが運のツキ。
大変重大深刻な問題が発生していたりした。

軽く頭痛のする額を押さえながら周囲を見回す。

辿り着いた折には確かに２人共一緒だった。
が、ふっと気付けば、周囲の人込みに紛れるようにして、まずはシス、次にモモカの順に揃って姿が見えなくなってしまっていた。

これでは同行者兼目付け役、いきなり大失格である。
不慣れな事はするもんじゃなかったのか等と、さてどうしたものかと人込みを散策しているうちに、何やらルリアンナという参謀を名乗る少女と、彼女が呼んできたラルフという大男を相手にした腕試しを迫られる。

そうぼやきながら。

鞘から愛用の長剣を抜き放ち。
淡く燐光を帯びる宝玉に声をかけると、ふわりと小さな妖精のようなサイズの少年が浮かび上がり、小さな胸を反らすようにしながら尊大にこう返す。

アークの言葉と同時に刀身全体が淡く光を帯びた長剣をすっと構える。

こうして“メルンテーゼ”での一揆参戦の初日・初戦が始まる——。

（謎のもふもふが闊歩している）

（謎のもふもふは近寄ってきた！）

（と言っているが、明らかにヒトの足が出ている）