マイス=S=ティルフォとしての記憶
(アストローナ歴164年10月/述懐者：サクヤ=S=ティルフォ)

あの日。そう。私がマイスという存在でなくなり、サクヤとして生きていく
半年前の事だった。快晴だった。秋晴れの日が港の石段を照らす。
私はライカの街中を一人マントで風を切って進んでいた。

あの頃の私は何も恐れるものはなかった。あの島でのかなたさんの様に。
——無邪気……とは言い難かったか。やや当時からねじくれていたのは
今のマイスを見ていればわかる。本当にかなたさんやきららが大好きなのだ。
それでも、少し突き放したように言う。
かつての自分のようなことになる事を恐れているのだろう。

そう、マイスは言っていた。私が倒れなかったらという世界の分岐の一つを。
そして、数年後の事の話。それは、母親と喧嘩して家を飛び出して冒険者と
して生きていくことになったということ。

世界の分岐というのは無数に存在しているのだろうか。それとも、連綿と存在するのだろうか。
それを確かめる術は私が無限の辰を得たとしても確かめる術はないのだろう。

さて、その日もいつものように私は自分の家に戻った。そして、聞かされたのは一言。
それは——　父の死であった。

############ $ それは決して超える事のない世界の壁 $ ################

シュパーリン沖海戦の記憶
(メルンテーゼにて/述懐者：ミシェル=L=ティルフォ)

私の胸を機械兵の銃弾が射抜く。私は血を吐出しその場に倒れ込む。
そして、下から聞こえてくる火薬庫に誘爆する音。甲板の上で自分の船が海へと沈んでいくのが
ありありと分かった。

腕も足も動けない。自分でも致命傷だというのがわかった。
僧侶も既にいない。……いや、一人頼りになりそうな僧侶はいたが、
結婚を機に退いてもらう事にした。

ともあれ、後はこの船は沈むだけだろう。ライカに残してきたキキとマイスは
元気でやっていってくれる。……はず。　まぁ、その、あれで気丈な嫁と娘だ。
覚悟を決めた私はただ、海の中に投げ出されるのを待つだけだった。

友軍ももう来るまい。周りの硝煙と血の匂いなどをかいでいると
そういう気持ちがだんだんと強くなっていった。

そんなことを想いつつも自分の命の灯がどんどん減っていくのがわかる。
未来に思いを巡らせる前にまずは自分の命が消えていくのだ。
ちょっとはかっこつけたい。でも、まぁ、もう様ぁねぇ状態なのは見て明らか。
私はそれでも、一言で。一言でいいから、言葉を紡ぐつもりだった。

私は一言、呟いて目を閉じた。

王城の、前。
ため息をつく彼の前に、小さな人影が一つ。

自身の身の丈ほどの大鎌を背に負った少年は、そう言ってミシェルを見上げた。

と徐に話しかけつつ近付くが
距離は近付き過ぎるようだ

そう言って、彼は木気を帯びた剣……という名の杖を抜いて構えた。