マニー親分といったらここらじゃちょっと名の知れた岡っ引きだ。
だがその親分、今は呑気に昼寝ときている。
薄暗い長屋の隅部屋を覗くと親分が卓子に足をどっかと持ち上げて、
傾いた椅子にゆらゆらと、ご自慢の帽子が乗っかった顔からはすやすやと小さな寝息が聞こえている。

それもそのはず今の世は、まさに一揆の真っ最中。
横暴な殿様をやっつけようと世間は蜂の巣をつついたような大騒ぎだが、
元来親分は粋人で、騒がしいことが大の苦手。
そのうえ町民たちが団結したおかげで盗み殺しはめっきりなくなっちまった。

これじゃ岡っ引きの玄関に閑古鳥が鳴くのは道理も道理。
親分の天下は泰平であった。



と、急に長屋の戸がばん！と開いて入ってきたのは一体のえんぶりお。
開口一番「親分てえへんだァ！！」ときたもんだ。
こいつはマニー親分の乾分でハチベという戯けもの。
町内じゃ親分の次に名が知れてる、と自分で言っているが、
いつも余計なことに口を出しちゃあ騒ぎを連れてくるって厄介者だ。

親分は慣れたもんで、そんなハチベのでかい声を聞いてもちょっと唸っただけ。
顔に乗っけた帽子も取らずにもぞもぞと、
「どうしたハチ、今度はどこの茶屋の女に袖にされた？」とご挨拶だ。
「違えますよ親分、トラヤのオミヨはあっしにべた惚れなんですから！」とハチベもつい乗せられる。
「へえそうかい、おめえに惚れる女がいるたぁ天変地異の前触れだな」
「なんですか人を鯰か河童みてえに…って、それじゃねえんですよ大変なのは！」
思い出したように改まったハチベが息を整える。
「ついに始まったんですよ、一揆が！」



それを聞いた親分、ようやく顔から帽子をとって、
「ふぅん」と呟くように頷いた。
親分としちゃ今回の一揆、適当に収まるんじゃねえかと思っていたんだが、
こうなっちまったら血を見ることになるのは避けられねえ。
一揆で怪我人死人が出るのは仕方ねえが、それに便乗した悪事も増えるだろう。
岡っ引きとして放っておけなくなったってわけだ。

親分はうーんと伸びをして椅子から立ち上がった。
「やれやれ」とまた呟いて、「ハチ、仕度しろい」と鶴の一声。
ハチベも待ってましたと飛び回る。

「久し振りにこいつにも仕事をしてもらわねえとな」
と言って腰に差した十手は、親分の目と同じようにぎらりと光っていた。