「エンブリオを使って果樹園を切り盛りしている村にとって、ネクターを奪われるのは死活問題だっ！」
「ひいばばさまだって私たちくらいの年には冒険に出てる」
「そのバカぢからを、今こそイノシシ以外にふるうべきだよ！姉さん！」

ベッドの上でこぶしをぶんぶん振り回しながら熱弁をふるう妹に、そうねぇ、ネクターが無いのは困るわねぇ、と返しながら頷く。

メルメルとトーリが生まれ育ったこの村は、主に果樹園畑と狩猟、幾ばくかの木工芸品で成り立っている。特に近年は男手も少なく、年寄りも増えた。力仕事や高所での作業をしてくれるエンブリオは無くてはならないものだった。
そうやってエンブリオと共存している街は少なくないと聞く。
人々の生活が潤うのも、エンブリオがいるからこそ。
だというのに、新しい王は何故ネクターの独占など始めてしまったのか。

「でね、酒場のアンネさんが言ってたんだけど、近々大規模な一揆が行われるらしくて、城下町にあっちこっちから人が集まってるんだって！うちの村にも声がかかってるらしいんだっ」
「あらあら、私なんかより男手の方が喜ばれるんじゃないかしら〜？村長さんの息子さんのフランクさんとかは？酒場のオリバーおじさんとか・・・」
「へたれのフランクはこないだのイノシシ狩りで滑って転んで右足骨折中！オリバーおじさんは身重のアンネさんをほっとけるわけないでしょ？」

グスタフ爺は腰痛持ちだし、トーマス先生はお医者さんだから村を離れらんないし、姉さんしかいないのよ！と息巻く妹に再び、そうねぇ、確かに私しか戦えるひといないわねぇ、と返しながらメルメルは妹の本心についてある程度見当をつけていた。
生まれつき片足の悪い妹は、冒険家として名をあげた曾祖母の著書の大ファンだ。
のんびり屋の姉と違って好奇心旺盛で威勢のいい性格だが、村の外はあまり出たことがない。
新しいことや冒険に飢えたトーリにとって、この一揆騒ぎがなんとも魅力的な冒険の種に見えているのだろう。
しかし、彼女自身が荒事に突っ込んでいくことは出来ない。
そこで白羽の矢がたったのが姉のメルメルだ。

「そうねぇ、ちょっとお手伝いに行くのは構わないのよ〜。でも私が行ってひいおばあさまみたいに冒険の本を書けばいいの？あんまり長い文章は苦手なのよ〜」
「まさか！姉さんの文章が壊滅的なのは知ってるし、何より姉さんだけそんな楽しそうなことに参加するのはズルイ」
「え〜と、だって行くのは私なんでしょう？」
「もちろん、そこで！この！」

ピッと妹が指差した先。

「ハニさん？」
「「ツィノーバーロート！」だ」

妹の声に、うんざりとした渋い男性の声が被る。
そこにあった・・・いやいたのは、メルメルが農作業のサポートのためにネクターで呼びだしたハニワ型のゴレム、ツィノーバーロート（命名：トーリ）だ。

「だって〜、長くて呼びづらいんですもの〜」
「・・・折角妹御にもろうた名だというのに・・・もう訂正するのも疲れた。貴殿が主だ、好きに呼ぶがよい・・・」
「ツィノーバーロートの通信回線を開きっぱなしにすれば、クラインロートで私も大体の状況は楽しめるわ！あと姉さん一人ってちょっと心配だし」

ベッドサイドのテーブルから、ツィノーバーロートに良く似た小さなハニワを持ちあげて見せる。
こちらは案外寂しがり屋のトーリが、果樹園や山に出かけているメルメルと通信できるようにと契約した自我の無い通信用のゴレムだ。

「あらあら、一人旅になると思ってたのだけれど、トーリが一緒ならずいぶんにぎやかになるわ〜。ハニさん、契約したのと内容変わってしまうけど、旅に同行していただけるかしら？」
「・・・まあ良かろう。あまり荒事には向いておらんのだが、契約は貴殿の作業の手伝いだからな」
「さあ、善は急げだっ！準備準備ー！城下町楽しみ！」

はしゃぎながら姉の支度を手伝おうとベッドから出てくるトーリ。
なんだか妹の口車に乗せられた感はあるが、トーリが楽しめるならこんな経験もいいものだと思い始めていた。