空を見上げる。
　満天の星に両手をかざす。
　以前は中指にはめられていた指輪が親指にあることも、 随分と慣れた。

　小さいな……

　指輪のはめられた手のひらに、そう思わないこともない。
　当時の自分では得るはずもない感想を浮かべて、今の自分は十分異質なのだと……
　そこで思考を止める。

　背中から交換し合う体温と、緩やかに上下する呼吸の波に似た感触を愛しいと思いこそすれば、後悔などはない。
　視線に気付いたのか、それは頬に軽く触れてきた。

「……ふふ、どうした？」

　応えるように腕を伸ばし、瞳を細めて眺める。

「大丈夫。大丈夫だよ。何も心配はない。
　お前は——」

　ただ、傍にいてくれたらそれだけで良い。
　そう囁いて、伸ばしていた腕を回し、首筋に顔を埋める。

　それが、互いの身を護る事に繋がるのだから。　

　ふ、と。視線を感じた。
　
「…………」

　その方向へと、自らも半眼で視線をやって。

「ああ。あと、あのロリコンからも護ってくれ」

　ぶはっと、その視線の主が盛大にお茶を吹いたのが聞いて取れた。
　当たり前だ。聞こえるように大声で言ったのだから。

　視線の主は、ジョエルア・プライム。
　夜も更け、見張りのために起きている忠義者。
　ひざの上に置いたノートに何か書き記しているようだったが、汚れていないか慌てている。

　騎士の家系に、何が護衛なのか、それともお目付け役なのか分かった物ではない。
　物心ついた時から、世話役として傍にいた。
　ジョエルアという名前から、幼いころもあって、呼びやすく、そして言葉遊びとしてジュエルと呼び続け……
　当人も訂正を諦めたのか、いつの間にかジュジュと言う愛称も受け入れてしまった。
　おそらく、そう呼ぶのは自分しかいないだろう。

　家を出ようと画策した際、目ざとく見つけられ諌められるように説得されたが、それを振り切った。
　あんな提案など、飲めるわけがない。
　だとしたら、お嬢様に危害が及ばないように護る事だけが己の役目だと、ついてきた。
　まさか、本当にロリコンの気がないのか冷や冷やしているが。……ないよな？
　わずかな恐怖感を受け取ったのか、背後のそれは護るように身を丸く縮めてきた。
　
　辺りにまき散らしたお茶を拭きながら、ジュジュは今度は物言いたげな視線を寄越してくるが、知った事でもない。
　ぷいっと、視線をそらし、もう一度、それに身をゆだねる。
　ふかふかとした毛皮の感触。それは紅に染まり、美しい。
　
　愛しげに、その毛並みを撫でる。

「……サン、少し眠ろう。明日には目的地に着くからな……」

　それを聞いて、サンシュユが改めて地面に伏せる。
　その尻尾が、私のお腹へとふわりと乗った。
　嫌がらないように、ゆっくりとやんわりとなでる。
　この感触を失わなかったことが誉れであることは、誰が否定しても、私自身が胸を張って言える。

　だから——
　寄りそうに身を寄せ合い、この温もりが再び無理やり奪われないように。

　ごほごほとむせこみ、片づける従者に視線をひとつやり。
　くすりと笑みをこぼした。
　まぁ、なんとかなるだろう。

　眠り易い姿勢を探し、そのまま瞳を閉じる。
　意識が落ちるその前に……
　良い夢をとの声がした。