森、と言うには少し明る過ぎる、そんな木立ちの陰。
そこを中心に響く、ぐちゅ、ぐちゅと鳴る、断続的な水音。

その場に不釣合いで、自然のものでは有り得ない、
何かが、何らかの目的を持って、起こしている音。


それに混じって、漏れ聞こえる、
くぐもった声のような、音。

それは少年のようであり、少女のようでもあったが、
少なくとも、意志ある存在が発した、呻き声。


人によっては、閨事の音に聞こえただろう。

明らかに、何かがそこに居る。
しかし、声は発さない、もしくは発せない。

「特別な理由」を邪推することは、当然とも言えた。


実際には、何と言うこともない。
ただ、1人の少女が、食事をしている音だった。

獲物を、咀嚼し、消化し、
活動の源とする、それだけの行為。

餌を、舐り、溶かし尽くして、
ある意味では「同化」しているとも言える行為。

誰かが、その木陰を覗いたとしても、
その過程が「委細余さず」見えただけだっただろう。


——呻き声が、消え、
彼女の「透き通った身体」が、蠕動する。


暫しの静寂。

数秒間、時が止まったかのような沈黙。

そして、幾許かの後、
風が木の葉を撫で、さわさわと音を立てる中、
漸く、彼女が口を開く。

無表情のまま、ぽつりと、そう呟いた。

桃のような、甘い香りを湛えた少女の言葉に、
もう1人の少女が、「何が？」とばかりに顔を上げる。

金色の髪をした少女は、大きな石に腰掛け、分厚い本を携え、
少し眠たげに、ニヤニヤと、桃色の髪の少女に微笑むだけ。

桃色の少女も、特に答えは求めていなかったのだろう。
はあ、と吐息を漏らし、イルと呼んだ少女の正面に座り込む。

頬を膨らませるようにしつつ、気怠げに弛緩し、
地面にがりがりと、何事かを書き始める桃色の少女。
覗き込むと「みいちゃんのいじわる」と書いているのが見えた。

その様子に、特に興味を持つこともなく、飄々としている金色。
あるいは、彼女にとって、この光景はよくあるものなのかもしれない。

地面に書かれた「みいちゃんのいじわる」の文字は、
そろそろ10組ほどになろうとしていた。

段々と、少女の周りには、落書きをするスペースが無くなっていき……
飽きたのだろう。ころんと、甘えるように、金色の少女の脚に撓垂れ掛かる。

気怠げで、窺い知れない表情を浮かべる、金色の少女。
薄い笑みを浮かべながら、甘えてくる桃色の髪を、ゆったりと撫でる。

桃色の少女の味覚は、餌となった生物の「生命力のようなもの」に直結している。
そこまでの予想はできたが、2人の少女は、それ以上多くは語ろうとしなかった。

その言葉と同時に、ばさり、と音を立て、
桃色の少女の背中に、純白の翼が生える。

他の生物には有り得ない、天使を象徴するかのような、白色。
「彼女自身が初めから持っている」訳ではないのは、自明。

慰め、と取るには簡素な言葉だったかもしれない。
だが、その言葉で、桃色はぱぁっと表情を輝かせ、ばさばさと翼を動かす。

単に褒められて嬉しい、という気持ちもあるのだろうが、
この金色の少女に対して、格別な好意を持っていない、とは言い切れない。
傍目には、その程度の反応。

2人は、立ち上がり、歩き始める。
真っ直ぐと。その動きに、迷いはない。

ただの友人としては近過ぎるような、そんな距離感の、2人の少女。
彼女達の足元からは、一面の青い草から、徐々に土が露呈し、道と言えるほどの広さに。
そして、黄土色の帯が示す先には、岩でできた人工物……

街、と言うには、あまりに剛健。
この世界に生きている者は「王城」と呼ぶ場所へ続いていた。


ただ、それだけ。
何千人も存在する「参加者」の中に、
こんな2人が居た、というだけのお話。

「しっかしこのあたりは随分と人が集まってるなぁ…、まさにこれから一揆が始まるって感じだっ」
メルンテーゼにやってきたばかりの一人の男は、多くの人で賑わうその場所をまわっていた。
ルリアンナからは同じ一揆に参加する人間同士、挨拶なり情報交換なりは済ませておいたほうがいいとすすめられていたようである。

舌なめずりしながら近づいていく千雫