飛ぶ鳥は美しいのは何故だろうか。けれどそれを彼女は認める気にはなれない。

彼女の朝はいつだって清冽だ。鳥の啼く声は眩い。鏡に映る姿も、また。今日もまた、変わらぬ己の姿を認めることにいつも、安堵とそれ以上の充実感を感じる。いつも。この3年以上変わらず。そう、もうそれだけの時が経ったのだった。そのことに彼女は、不思議な気持ちになる。鏡の中の姿は変わりはしないのに。変わりはしない。変わらないわけではない。けれど、彼女の人生の花はまだ長い。まだ。未だ、と彼女の唇は微笑みを形作る。時折、彼女が鏡越しにくちづける、その唇に。いつの日も冷たい、その現実と彼女は折り合いをつけている。ここまでに3年。あとどれだけ、この家で過ごすのだろう。この庭で。この世界で。眩暈がしそうになる。ここで朽ちていく己を思った時、彼女の世界は少なくとも、美しい朝を滅ぼして、いく。

シャツを着る。ブーツを履く。タイを締める。唇に紅を引く。身体に芯を通すようなその一連の動作は彼女にとって酷く好ましい。それは彼女が役目を与えられてからずっと続けていることでもある。美に出会い、頭を垂れて屈服する瞬間が好きだ。美の前にあれることは、己がその前にあるに足る美をまた、身に湛えてもいるという証のようにも、彼女には思われた。そしてその世界を護る鳥籠の禁欲的な美しさに彼女は、また相応しくあることを望んでいた。その真っ白な白の世界に。彼女の世界に、その錠の落ちた時から。その時から、紅は彼女にとっての愛の証明であり、その白に恭しく、己の唇が押し当てられるのに、酷く酷く陶酔していた。

鳥の羽ばたく音がする。最早見るもののない夢の、最後の欠片。

鳥が遠くへ飛んだ。それを、風に揺れる、ただ一つの庭から眺めた。その行く末は知らない。何を告げているのかも。それでも、その自由さを彼女は遠く、そして少しの羨望の中から見た。
飛ぶ鳥になれるだろうか？　その自問は、また風に揺れる。錠の落ちる音は彼女の肋骨のそのひとつで、響き続けている。金に輝く、美しきひとつの鳥籠。

彼女は今や、最早、地を這う獣にすぎないのだった。生まれた時からそうであったのかもしれなくとも。