腐りかけた藁の寝床からのそりと身を起こすと、かすかな音を立て、毛布が足へ落ちた。寒さに震えるうちに、いつの間にか眠り込んでいたらしい。
　天井近くに開けられた採光用の穴からは、空気に舞う埃の輝く一筋の光と共に、冬へと移り変わろうとする冷気がゆるゆると流れ込んでいる。光の加減と外の物音からすると、皆が働き始める時間のようだった。昨日一日降り続いていた雨は、眠っている間に止んでいた。
　寒さに大きく身を震わせ、毛布を被りなおし、胸元に掻き抱く。
　いかなる動機、要因であっても人間が人間の命を奪ってはならないという戒律は今なお適用されているらしく、この汚れと饐えた臭いが染みついた薄い毛布と、一日に一度、パン一つと水差し一杯の水が差し入れられ、路上で寝起きしていた頃よりはまだ快適に過ごせていた。万一にも獄中で心臓まで凍りつくような事があれば、今度は看守が僕らと同じ道を歩む事になる。
　造られてから一度も掃除も換気もされていなさそうな、ひどい湿気と、黴、埃、腐臭、排泄物、その他様々に混じり合った鼻を刺す悪臭だけはどうにも耐え難いと思っていたものの、これも数日を過ごす間に慣れてしまった。
　特に何をするでもなく、部屋の隅でうずくまり、埃が踊るのをただぼんやりと眺めていた。すぐ近くには友人達が同じように囚われている。しかし、何か話をしようと声を上げると、この石造りの監獄に響き渡り、それを聞きつけた看守が飛んできて、誰の声かも解らないまま全員を強かに打って回ったので、すぐに誰も話そうとはしなくなったのだった。

　にわかに牢の入り口が騒がしくなった。毛布に埋めていた顔を上げる。看守の交代や見回りの時間ではないはずだ。
　足音が近づいてきて、幾つか手前の牢で止まった。金属の弾けるぱちんという音、続いて擦れて軋む音。足音が増え、少し歩いてまた止まり、同じ音が聞こえる。
　それを数回繰り返した後、僕の居る牢の前で看守が立ち止まった。牢の鍵束と木の手枷を持ち、その後ろでは、拘置される前よりもやつれた様子の友人達が鎖で連ねられていた。ここで漸く、僕らへ刑が科せられるのだという事に気付いた。

　牢獄を一歩踏み出すと、澄んだ空気が全身を包んだ。大きく息を吸い込むと、清らかな冷気を帯びた空気が胸を満たし、あの空間がどれほどひどいものだったかやっと思い出せたような気がした。
　数人の兵士に連れられ、広場へ向かう道程を歩む。十字路の角を曲がると、ふと並ぶ家々の窓の一つに視線が向いた。中は暗闇に覆われて家具の一つも見通せず、鏡のように通りの景色を写している。
　その真ん中で、よく見慣れた鼠の頭が、虚ろな目で僕を見返していた。