目の前に広がっていたのは、城、というよりも要塞に近い大きな、大きな建造物で。
広大な敷地に、自然にまるで隠すかのように建てられていたそれは、群峰のようにも見えた。

　「……何で、こんなことになったんだ？」

巨大な城を見上げながら、ただ呆然とそんな言葉を俺は口にしていた。



一揆に参加してから、1日目。





背中を預けられそうなほどに大きな木の木陰に座り込むと、背を預けて空を見上げた。
自然の残るこの場所は空気も澄んでいて、空が綺麗に思える。
目を凝らせば、エアナと同じシルフに分類されるであろうエンブリオ達が、
その綺麗な空を嬉しそうに泳いでいる姿が窺えた。

　「エアナ、お前もひょいっと飛んで来ていいんだぞー。」

都会の空よりさぞ気持ちが良かろうと、エアナの様子を窺いついでにそんな事を口にしてみる。
少し下ろした視線に映り込んだ彼女は、俺の肩ほどの場所でふよふよと静かに浮かんでいた。
指を伸ばし、指先で隙しかないその頬にぷにっと触れると、彼女は漸くこちらを向いてくれる。

　「………いい。だって、そろそろだもん。」
　「げっ、もうそんな時間か？…うあー……。」

素っ気無い彼女の興味は俺から空に戻り、俺は膝を立てその膝に顔を埋めるように項垂れた。
理由は一揆に参加する上で避けては通れない道である、戦闘に関する事柄で。
勿論俺だって、流石に人と戦わなきゃいけない日は来るんだろうな、と思っていた。
いたけれど——、

初っ端だとは、聞いていない。



先程、ここに座り込む前にルリアンナ、と名乗った長い赤髪を三つ編みにした少女と、
その少女にラルフ、と呼ばれていた大柄なまさに戦闘出来ます！といった感じの二人組に絡まれ、
よく分からないやり取りを見せられた後、さらっと「まずは腕試しだ。」等と言い放たれた訳で。

反論する間もなく、
時間と場所を指定され、

俺は今ここで、こうして項垂れていた、と。

いう訳で。



　「…アズ、時間だよ。」

嗚呼、何故この子はこんなに時間に正確なのだろう。
まるで悪魔の囁きのようにそう告げると、ふわりと宙を舞いエアナはこちらへと振り返った。
いつも通り、興味のない無表情——にも見えたが、
不安で、恐怖でいっぱいな俺の気持ちが伝わったのだろう、その顔は心配そうに影を落としているようにも見えて。



——バチンッ

両頬を両手で気合を入れるように叩くと、俺は諦めて立ちあがることにした。
足掻いたところで、もう平凡な日々は帰ってこないのだと薄々何処かで気付き始めていたからかもしれない。

　「んじゃまぁ、手を貸して貰いますよ？エアナ様。」
　「エアナは、エアナ。…様じゃない。」
　「はいはい、エアナ。」

両手を高く上げて体を解すように伸ばすと、
ポケットに押し込まれていた分厚いグローブを取り出して両手に装着する。

まだ慣れることのない輪状の刃は、新品同様に太陽の光を浴びてきらりとその身を輝かせた。

　梓
　「さぁてと…、約束の場所はあっちだったっけか？
　 やっぱ大規模な一揆を始めようとしてるだけあって、色んな奴等がいるもんだなー。」

　エアナ
　「……アズ、そっちじゃない。
　 わざと別の方向に行こうとしたでしょ、…もう、諦めたら？」

　梓
　「ちょっとした冗談だっての！…もー、エアナちゃんったら冗談が通じないんだから。
　 いいか！俺は別に戦うのが嫌だからって、『あ、時間と場所間違っちゃってたみたいですテヘ☆ミ』
　 とか言ってサボろうなんてこれっぽっちも考えてないからな！
　 ……いや寧ろ戦う前からグローブしちゃったりして戦う気満々だしー？」

　エアナ
　「………。」

　梓
　「………。
　 …すいません、シカトだけはやめてもらえませんか。傷つく。」

　エアナ
　「…大丈夫だよ。」

　梓
　「…え？」

　エアナ
　「アズは、エアナが守ってあげるから。
　 だから、…大丈夫。」

　梓
　「……バーカ。」