『元素の世界より、精鋭要請有り』



新聞に記されたその文字を目にした草は、それを握り締めると長く伸びた縁側を駆けて行く。

口から漏れる息は白く宙に消え、仄暗いながらも早朝を知らせるように何処かで鳥が鳴いた。

視界を覆う朱色の前髪から僅かに覗く扁桃形双眸は、珍しくも思い做しか爛々として見える。



（やっと、やっと……！）


鋭く尖った歯をぎゅうっと噛み締めにやけそうになる口元を制し、草はある部屋の襖を遠慮なく開いた。

その部屋の中に居た人物は肩を震わせ振り返り、キョトンとした様子で口を開く。


「な、なに？何事？」

「千、君にとって良い話を持ってきました」


普段から表情を崩す事無く、常に冷静な草。

しかし、それと懸け離れている様子の彼に、千は狼狽する。

“良い話”という発言さえ頭に入らないほどに。


「へ、部屋に入る時くらいノックしてよ……！」

「あぁ……すいません、次は気を付けます。
　で、良い話を持ってきたんですけど聞いて下さい」

「……うん？」


草は乱れた衣服を整えると、千の前に腰を下ろし正座をする。

千もそれに釣られて姿勢を正すと、肩を竦め首を傾げた。


＊　＊　＊


部屋の中、新聞を広げ淡々と説明をする草の声音は、どこか催眠術のようなモノと似ていた。

遠くに草の声を聞いていた千だが、ただ一つ脳みそを揺さ振ったのは、


——この一揆で成果を残す事が出来れば両親も認めてくれるだろう


という草の一言で、彼を説得するには十分過ぎる程だった。

そしてこの時はまだ、それが草の策略の一つであり、虚構だという事は千自身知る由も無かった。