出会いは突然。
　話は二週間前の夕飯後に遡る。
　
　いきなり父さんがひとりの女の子をホームステイさせたいと言った。
　他の国から異文化交流とか、農業体験みたいなもんなんだろうなー。
　部屋も余ってるからいいんじゃない？
　と弟たち（４人いる）とうなづいたら、母さんがうふふと笑った。

　なにやらたくらんでるときの楽しそうな笑い方である。
　利益の計算してるときの、黒字になったときの笑い方に近い。

　母さんは割烹着のポケットから紙を取り出すと、テーブルの上に置いた。
「この娘が来るんだよ？」

　一枚の写真。


「「「「「　　え　　！？　　」」」」」


　写真の中の人物を見て、私たち姉弟の顔色が変わる。


　キャラメル色のふんわりセミロングの髪の毛
　ハッカのような綺麗な青い瞳
　色白な肌
　ちっちゃい顔
　清楚な笑顔


　私たちが夢中になった女の子だった。
　別の国の映像配信のドラマ『精霊伝説カーディナル☆ナイツ』の領主のお姫様役、アズーロ＝ジルフェちゃん！
　小学生から高校生までいる我が家のお茶の間のアイドルだった（まあ、他の女優さんたちにもきゃーきゃー言って
はいたけど、私の推しメンはあくまでアズちゃんだったということね）。




「え、父さんマジで？どうして家に来るワケ？」
　立ち上がって詰め寄る。
　だって、こんな畑ぐらいしかないところおかしいじゃん。
　街まで１時間半ぐらいかかるんだよ？
　弟たちも同意見なのかうなづいている。

「農業組合の人から頼まれたんだけど、同世代の女の子がいて、おっかけ予防にそこそこ街から遠くて、薬草とか
とれる地域の家という条件を照らし合わせるとうちらしいんだな。これが」
　そーいやうちの近所（周囲５ｋｍぐらいね）男の子兄弟か女の子は進学で街で一人暮らしか、ちっこい子ばっかりだなぁ。

「お前たちアズちゃん好きなんだからいいじゃないか」
「二つ返事でＯＫしたんだけど？うちは古いけど、下宿できる程度には綺麗だし。
　トイレも水洗だし、温泉近いからガスもあるし、お風呂は温泉出るし。看板娘もいるしねー」
　

「ぶっは」

　『看板娘』のくだりですぐ下の弟、茂が吹き出した。
　うっさいわ。どーせ地味ですよ。
　とりあえず、肘でこついておいた。

「てなわけで。お前たち、テレビの人もちょくちょく来るから身なり整えるのと、部屋を綺麗にしておくようにな。
以上！」

　解散。


　ええええええ。

　私たち５人姉弟（上から私（萌）、茂、豊、実、恵）は顔を見合わせた。


「「「「「　どうすんだ（の）よ？　」」」」」


　

　てなわけで。
　今、近所のホテルの会議室に両親ときています。
　平日なので弟たちは学校なので不在。
　ホテルの会議室なんて入ったことないなーときょろきょろしてたら、お茶とお菓子を持ってきてくれた
ホテルスタッフさんに微笑まれてしまった。
　あーうー。


　しばらくすると番組の企画関係者さんと名乗った人がまずご挨拶。
　気軽に呼んだところで、マネージャーさんらしき人と華奢な女の子が入ってきた。
　

「はじめまして。アズーロ・ジルフェです」
　
　アズちゃんっ。

　うーわああああああ生でみると本当に綺麗な子だなぁっ。
　背がちっちゃいけど、顔小さいし脚長くて綺麗だし！
　ふんわりした雰囲気がすーごいかわいいなぁ。
　カジュアルだけどワンピースがよく似合うわー。

　ああ、この年でガサツでノーメイクでおしゃれとは程遠いツナギ愛用の私とは大違いだわっ！

「はっはじめまして！！」

　思わず立ち上がって挨拶した。
　お互いの自己紹介が済んだ後、番組の主旨説明があって、アズちゃんのホームステイが開始となった。

　
　おおまかに言うと、薬草の栽培を将来的に勉強したいというアズちゃんを応援しようという企画らしい。
　うちの世界でいうところの薬師さんみたいなおうちの出なんだと初めて聞いた。
　あとは実家と、撮影場所移動のための転移陣を置かせてほしいということ。
　それを使えば一瞬で他の陣のあるところに移動できるらしい。
　術の原理的にアズちゃんと本当にごく一部の人しか使えないみたいだけども。でも便利なことには変わりない。
　いいナー。


　撮影のスタートは明日の畑到着のシーンかららしい。
　あまりうちの生活状況までは写すことはないと聞いて一安心。
　うちの車の配置的に隣の席になったので、ちょっとわくわくしながら乗りこんだ。


「萌さん、でしたっけ？」
「ん？なあに？アズーロちゃん？」
　突然話しかけられてびっくりする。
「あ、アズでいいですよ？テレビ見てるときみたいに好きに呼んで下さい」
「じゃあ、アズちゃんで」
　ちょっと照れる。
「私も別に敬語なしでいいよ？年上だけど、気軽に呼んで？」
「そうですか？えーっと。ひとつ聞いてもいい？」
「ん？」


「萌さんのそばをふわふわ浮いてる、モグラさんは土地神様、ですか？」


「「「　！　？　」」」


「見えるの？」

　
　びっくりした。
　助手席の母さんが振り向いている。
　運転している父さんもびくっとしてるのが見えた。

　実際私たちには見えているのだけど。
　ちょっと長めのおひげを貯えた、オーバーオールのモグラのじーじが。


「くっきり見えてますよ？今日は私以外に見える人がスタッフにいなかったので言わなかったんですけど。
　わざと気配消してたんですよね？普段は誰にでも見えそうな感じだし」

　じーっと『彼』の方をみながらアズちゃんは言った。


『なんじゃぁ、ずいぶん目が利く娘が来たのぅ。ツンツンした小娘が来るのかと思ったら』

　『彼』はすっかりご機嫌である。

『おぬし、名前は？』
　ご自慢のひげを長い爪の付いた手で触りながら『彼』はたずねた。

「アズーロです。貴方のお名前をお聞きしてもよろしいですか？」
『アズか。儂の名前はそうさの・・・『モグ爺』とでも呼んでもらおうかの。この家の周囲の土地の守護をしておる』
　えらいんじゃぞ。えっへん。


　きゃっきゃとモグ爺とのフリートークを楽しみだしたアズちゃん。
　異様だ。

「こんな力強い土地神様の管理しているところで、農業体験とか贅沢ですー！」
　
　
　ドラマでも見たことのないはしゃぎ方に、ちょっとびっくりしながらも彼女の農業生活はスタートしたのでした。

そういうと、オフィリィは名刺のようなものを差し出した。