「元素の世界メルンテーゼ」におけるエンブリオの存在及びその契約システムは
かねてより幾度も研究所の魔導研究員の間で話題になっておった。

契約乃至それに準ずる繋がりを他の生命体との間に結ぶ事により種々の恩恵を得る、
此の事については然程珍しいとも言えず、むしろ何らかの魔法的文化の存在する世界では
ごく当たり前の事として捉えられておる事の方が多いじゃろう。

然し、そう言った「契約者」に類する者、
例えばアストラウテの精霊使い（エレメンタラー）やシアンクレールの魔獣使い（ビーストテイマー）
はたまたエルデベルキアの竜騎士（ドラグーン）といった者等は
神官や騎士あるいは冒険者という差異はあれども根本的には戦いを行う者であり
契約の下に享受する恩恵は生活の為に使われる事はほぼ無い。
その点では此の世界は少々珍しい事例として記されるべきじゃろう。


それまで抱えておった事案にけりがつき幾許か身軽になったわしは
久方ぶりの旅行と新たな研究の調査を兼ね、この異界へ渡ってきた訳なのじゃが
調査を行おうと現地の民に話を聞いたところ些か困った状況に陥っておると言う。

先日新たに即位した王が、
契約の儀式に使用する花を民から根こそぎ奪い獲ろうとしていると言うのじゃ。

現地の民は「一揆」なる行動を起こし王に抗うておるが戦況は芳しくなく、
今は異界の住人にも協力を要請しておるとの事じゃった。


結果として、わしはその一揆とやらに力を貸す事と相成った。
甘っちょろい正義感にかられるような可愛げのある性格はしておらぬし、そも別段王に恨みも無いのじゃが
調査の邪魔をされてはかなわんからのう。



とは言えわしは魔術師であり研究者。魔術が起こせねばそういった方面での戦力にはなれぬ。
異なる世界の下では、基本的にはその世界の理に従わねば魔術を起こす事はできぬ。
幸いにしてわしと相性の良い水の気を持つエンブリオと契約を結ぶ事に成功し、
これで最低限の魔術は起こせると息をつこうとした訳なのじゃが……

よもや力試しと称し、筋骨隆々の大男と初手から戦りあう羽目になるとは思うておらなんだ。

まあ、嘆いても詮無き事よの。
……さて、頼むぞい？　"オルテンシア"