儂の名前はエロイコット・シタイン。科学者である。
　全世界で知れ渡る、とまではいかないが、知っている者は知っているという程度の科学者ではあろう。

　では、そこそこ高名な科学者である儂が、今何をしているか？

　これは、気でも狂ったか、もしくは新発明の宣伝か、と疑われてもおかしくないので言いたくはないのだが、端的に言えば、ファンタジー世界で冒険をしている。

　そう、ファンタジー世界で冒険をしているのだ。
　何を言っているかわからない？　儂もわからない。

　だが実際、儂はファンタジー世界で冒険をしている。
　しかも、魔法あり、精霊ありのド直球ファンタジー世界である。
　どこのライトノベルの世界だ、と言いたい。

　自分でも非科学的なことを言っているということは理解している。
　目の前で起きていることを、何一つ上手く説明することはできない。
　だが、夢や幻ではないということだけははっきりと理解している。これは紛れも無く現実だ。

　何故ならば、今現在進行形で、儂の体に激しい痛みが襲っているからだ。
　まるで鋭い刃物で刺されたかのような痛み。剣を肩に突き立てられたかのような痛み。そして、血が流れ出ていくかのような喪失感。
　これは夢や幻なんかではない。現実の痛みである。

　目の前で火威夜風が、儂の肩に剣を突き立てているのである。
　彼女はかわいらしく舌を出しながら、

　「ごめん、あたっちゃった」

　なんて言っている。首を傾げ、自らの頭をぽかりと叩きながらである。
　正直あざとい。そんなあざとい仕草をする女子が現実にいるはずがない。
　だが、かわいい。圧倒的にかわいい。
　かわいいは正義である。
　俺の正義が現実でないわけがない。

　　どうやら剣の練習をしていて、夢中になりすぎて、周りへの注意がおろそかになったようだ。
　肩がこぼれ落ちそうなほど痛い。しかし、彼女のそのかわいらしい仕草に、怒る気など起きない。
　周りが見えなくなるほど、夢中になれることを見つけられるなんて幸せなことではないだろうか。
　彼女の幸せを祝福しながら、

　「こいつぅー、今度は気をつけろよぉー」

　って、ウインクをしながら返しそうになったが、言葉がうまく出てこない。

　突如襲ってくる寒気。
　太陽の光が燦々と降り注いでいるのにもかかわらず、異常なほど寒い。
　そして、視界もぼやけてくる。

　彼女のかわいらしい姿を目に焼き付けている間に、血を流し過ぎたようだ。早く止血しなければ、命に関わるだろう。彼女は本当に罪な女だ。
　いや、彼女が悪いのではない。彼女のかわいさが罪なのだ。
　しかし、今は罪を問うている場合ではない。一刻も早く止血をしなければ、本当に命に関わってしまう。
　だが、既に手は動かない。血が流れ出て、軽くなっているはずなのに、手足が酷く重い。

　助けを求めようと、私の天使の方に視線を送るが、彼女は、

　「よーし、気を取り直してもう一度だー」

　と言ったきり、素振りに夢中な様子。
　本当に夢中になれることがあるということは、素敵なことだ。
　彼女の無邪気な声を聞きながらも、どんどんと意識が薄れていき、まぶたが自然と降りて来る。

　ああ、こんなところで私は死んでしまうのだろうか。
　この異世界のどことも知れない場所で。
　家族や友人達にも見取られることなく。

　そんな感慨に耽っていると、ドスッと脇腹に鋭い衝撃が走る。

　「またやっちゃった、ごめーん」

　と彼女のかわいらしい声が聞こえる。
　彼女は本当に天使で小悪魔だ。

　そして、本格的に意識が遠のいてくる。
　したいこと、やり残したことは山のようにあった。
　だが、もし最後にしたいことができるのであれば、体が自由に動くならば、願いが叶うならば、儂は必ずこういうだろう。

　彼女にエロいことがしたい、夜風たんぺろぺろ、と。