「見てごらんなさいラァギット！王城が見えてまいりましたわ！」

木々の合間に聳える城を見つけ、
少女は自分を担ぐ大男の肩を叩く。

少女・カタリナが、旅人から一揆の噂を聞きつけ、
故郷フォーマルハウトの村を飛び出してから数日が経った。

かの憎き新王がネクターを独占しはじめてから、
少女の村は緩やかに衰退をはじめていた。
豊かな海に囲まれて、田舎ながらに賑やかに暮らしていたフォーマルハウトは、
今ではすっかりかつての賑わいを失っていた。

（…今は、お父様はお兄様たちが頑張ってくださっておりますが…）

深い海に潜り、大きな海獣を狩るためには、エンブリオの力は欠かせない。
けれどここ数年、村で新たにエンブリオの恩恵を受けられたものはほとんどいない。
カタリナは村で最後のエンブリオ使いだった。
このまま漁に出られる者が増えなければ、
フォーマルハウトの村は生活が成り立たなくなってしまうだろう。

大切な村のために、自分に出来ることは無いのだろうか。
そんな折りに耳に飛び込んできた一揆の噂に、少女は胸を躍らせた。

（待っていてください、みなさま…！）

そう思い立った少女は、誰にも相談をすることなく、
たった一枚の書き置きを残して一人村を飛び出した。
月の無い、けれど満天の星空の夜だった。

少女の様子を伺うように、
大男が歩みをとめて首を傾げる。
いつの間にか強く拳を握りしめていた少女は、
首を振り、柔らかく微笑んだ。

「大丈夫ですよ、ラァ。さあ、日がくれる前に参りましょう！」

少女の言葉に頷き、大男ラァギットは再び歩みを進める。
あと１つ峠を越えれば目的地だ。
大男の肩の上で、少女は目を輝かせる。
打倒新王の思いを胸に。

じゃらじゃらと装飾具を鳴り響かせ、スィナンは宿屋の食堂に立ち入った。
目当ての人物たちはスィナンが思っていたよりも若く、何より異色に富んでいたが、
その中でも一番まともに見える少女は、まだとっつき易そうな表情をしていた。

声をかけると、少女は一瞬驚いたように見え、それから不思議そうにこちらを見上げた。

要件を短く伝えると、スィナンは大人しく返事を待った。