「おい女！どーいうことか説明しろ！！」
「きゃ！？ そんなの知りませんよ〜！！」

鳶色の長い髪をした商人の女は身をすくめると、濃紅の瞳に涙を溜めながら泣きそうな声をあげた。
いったいぜんたい俺がなにをしたって言うんだ？
俺は大きく溜息をついて額を片手で覆うと、此処に至るまでの経緯を思い出していた。


宗教国家リズヴェルク。
俺はその国の盗賊ギルドに所属するシーフの一人だ。
宗教国家なのに盗賊ギルドが存在する経緯については長くなるので今回は省いておく。
色々と裏の事情が絡んでるんだなあ、程度に考えてくれれば大体合ってると思ってくれていい。
そのギルドの経営するBARのシークレットルーム。
貴重な情報をお金で取引する為の部屋は、情報員から俺達ギルドメンバーに仕事の内容を伝える部屋でもある。
音を外部に一切漏らさない作りだが、壁一面の本棚と木製の机と椅子があるだけで見た目は簡素そのものだ。

「仕事です」

その一室で俺が部屋に入るなり、情報員である彼にそう告げられたのが今日から丁度10日前の事だ。

「嫌な予感しかしねぇ」

椅子へとやや乱暴に腰かけながら、俺は目の前で羽筆を走らせる竜眼-りゅうがん-に苦い顔をしながら首を振る。
空色の長い髪に整った顔立ちの痩身の彼は、まるで何も聞かなかったかのようにファイルから一枚の紙を取り出して寄越した。
さも何も無かったかのようにしているが・・・・絶対コイツ、今の聞こえてて流しやがった。
俺はひとつ息をつくと差し出された紙を手に取り、羅列された文字に目を通して行く。

「メルンテーゼ世界の使役術の調査及び協力関係の確立？」

簡単に内容を説明するとこうだ。
メルンテーゼという異国へ行って、その国の召喚術らしきものを調べて来いってことと、
その国で有益な奴と協力関係を作って来いってこと。
これだけでも長期の調査になること間違い無しなのですごく面倒臭い。

「こういう調査モノは俺より紅榴-ざくろ-とか棗-なつめ-の方が向いてるんじゃね？」

出来れば避けたいなーっていう一筋の希望を込めてさり気無く他の人に仕事を流してみるが、竜眼は無いとばかりに手を振った。

「安心して下さい。メインは前者なので、後者の出来は初めから期待していません」

「だったら書くなよ」と言いたくなるような物言いに俺は嫌な顔をして見せる。
竜眼は俺の表情にクツリと嗤うと、一冊のレポートと羊皮紙で出来た物々しい書面を俺の前に差し出した。

「二人とも出ているので貴方意外に頼めそうな人が居ないのでね。まあ、騙されたとでも思って行ってきてくださいよ。
　とはいえ、何も無しで送り出すのは不安でしょうから・・・・これを取ってくるといいですよ」

レポートは今回の目的地の情勢や生活水準等が書かれた一般情報。
そしてもう一枚は────・・・・


「騙された！！マジで騙された！！」
そのもう一枚の受領書。
羊皮紙を地面に叩きつけては、恐らく首謀者であろう竜眼の嫌な笑みが脳裏を過った。
受領書は、この商人の彼女からある道具を受け取る為の証明書だ。
そして引き取ったのは綺麗な装飾の施された細長の箱だった。
受け取った箱はシーフの俺でさえ中が空っぽなんじゃないかって思うほどに振っても手ごたえが無くて。
とはいえ、箱なんてお助けアイテムとして受け取ったらまずは開けて中身確認するだろ？
開けて飛び出してきたのは一枚のカードと細い白銀の腕輪だった。
そう、文字通り　飛　び　出　し　て　来　た　のだ。
カードは俺の頬を掠めて一筋の切り傷を作るし、腕輪は俺の左腕に入っては外れ無い。
とも思えば、俺の血を吸ったカードはいきなり具現化して漆黒のケツァルコアトルみたいなカタチへと成り変わる。
殆ど一瞬の出来事だった。

「私はその箱を受領書を持ってきた人に渡してくれって頼まれただけなんですって・・・・」

そろそろこの女、泣き出すんじゃないか？
語尾は消え入りそうになりながら、申し訳なさそうな表情で俺に言う。
その様子を見てたら、こいつも被害者なんじゃないかって思えてきたが・・・・・ん？待てよ。

「おい、頼まれたって誰に───・・・・」

「初めまして、私はルリアンナ。この一揆を影でサポートする参謀！ルリでもアンナでも、好きに呼んでね。
一揆に加勢してくれるのよね？ありがとうっ！！」

「痛ってぇ！？」

いきなり麦わら帽子のイモ臭い赤ミツアミ女が、俺の背中を思いっきり突き飛ばしてきた。
手加減くらい知らねえのかこの女は！
その容姿に似合わない位の怪力で、本気で背骨折れるかと思ったぞ。
不意打ちの痛みで声が出せないでいる俺に、商人の女は「大丈夫ですか？！」って声をかけてくるが。
大丈夫じゃない。咳が止まらねえ。
人がゲホゲホとしている間に、なんかわけのわかんねえ男まで出てくるし。勝手に話進めてるし。

「っというわけで、次は貴方ね！！それじゃ、貴方の力・・・・・見せてちょうだい！十分な実力なら、ネクターを預けるわ」

「おいおい、これで1129人目だぜ・・・・？本気で俺の身体が持たないんだが」

何処か疲れきったような男が臨戦態勢をとる。
はて、どういう流れで俺はこいつらに力を見せる流れに・・・・つーか、そもそも一揆ってどういうことだ？
問答無用で拳を振りおろす男の一撃を避けるために商人女を突き離しては得物を手にする。

「お前の所為で俺の身体も持たねぇよ、怪力女！」

悪態をつきながら身を翻して鞭を具現化する。
同時に先程の黒いケツァルコアトルが人声高く啼いた。