先任のシスターは、名をシンシアといった。
　不安定に起動したりしなかったりしていた私の受光素子に、備品を整理する彼女の姿がときたま映った。彼女は数え切れないほどの腕を使い、てきぱきと品物を片付けていたが、ふと、手をとめて、なにやら考え込むことがよくあった。

　あれは底冷えのする冬の日のことだったか。いつもよりも長い時間を欠けて彼女は部屋を整理した。普段は手をつけない部屋の奥の雑多な品々、その中には私も含まれる、それらの埃を落しては乾拭きあるいは水拭きをし、きれいに仕舞いなおした。私の身体の埃を落すとき、僻地の教会へと赴任することになった、と彼女は私に語った。
「子供たちをよろしくお願いね。……なーんて、あなたに言っても、詮無いことだけれど」
　そのとおり、どうしようもないことだ。彼女だって、そもそも私がそれを聞いている、と信じて話しかけていたわけではないと思う。人を模して作られた私の形態が、彼女の口を緩ませたのだろう。どうしようもないことであり、私の知覚がたまたまそのとき起動していたのだって、見えざるダイスの気まぐれに過ぎない。

　そう思っていた。

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「えー、ここにくれば食べ物とかくれるって聞いたぜ？」
「うんうん、聞いた聞いた、ねー？」
「んー、とはいっても、そんなに余裕あるわけでもないし。子供だから軽く見るってわけじゃないけど、あなたたち戦えるの？」
　
　「……あら？　へー、そう。あなたが責任者？　えーとじゃあ連判状にお名前を……って、その手じゃ無理そうね。名前はなんていうの？」
「クラゲのおねーちゃん！」
「へー、クラゲノさんっていうの？　素敵な名前ね！」

　まあ、いいか。私は肯定の仕草をする。目の前の赤毛の女は邪悪だが、別に邪悪だからといって敵対する必要も無い。私はともかく子供たちに食料は必要だし、連れ去られた何人かもおそらくこの城内にいるのだろう。

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　オレンジ色の、建物を飲み込むトカゲ。襲撃者が放った火の手は古い木造の梁を伝い、またたくまに屋根に駆け上る。私の観測機はそれを捉え、私に私の焼失の危機を告げる。あて先不明の手紙であり、私はそのときの私の観測機に同情を禁じえない。一人、子供が部屋に飛び込んでくる。追って、男が二人飛び込んでくる。子供は、私の後ろ側に隠れようとする。子供の額には、緑色のあざが浮かび、それはおそらく人間には見えない類のものだ。カチリ、歯車が回りだす。私の回路を構成するネクター由来の繊維が熱を帯び、躾けられ撓められた、子供の中のエンブリオの力に反応する。私は私を司る部分を立ち上げる。