自分は今までチセに何をしてやれただろうか。





チセに、何か残せたのだろうか。




村にいる限り、別れの辛さなんて知ることはなかった。

イシリクに「死」という概念はない。

皆鳥、レゥカルになって、また家族の元に戻ってくる。

だからいつも人の温もりが傍にあることに、疑問なんて感じたことなかった。


失うことを考えたことは、なかった。







「さよなら」がこんなに苦しくて寂しくて痛いなんて、



村の誰も教えてくれなかったじゃないか。




さよならの仕方だって、わかるはずもない。

これじゃまるで婚約指輪だな、と言う言葉を飲み込んで
スィナンは別の鞄から工具を取り出し、手早く器用に石留めを行う

言いながら、指輪を小箱に仕舞うと上から綺麗な包装紙をかけ、
これまた器用にリボン飾りと造花を添えた

胸倉をつかまれて、猛禽のような金色の瞳を睨み返す。

だからこそ——悔しい。
何がどう悔しいのか、一言では説明できない。
他人の幸せを願えるアール自身の性格も、そんなアールに想われておきながらチセが家族を選ぶということも。
2人が本当にばらばらになってしまえば、2人にはそれぞれの帰る場所なりがあるのかもしれない。
けれど自分には行き場がなかった。2人が故郷に帰ってしまえば自分にはどちらにも会いに行くすべがないのに、
プライドが邪魔して会いに行きたいとも言えず、
さりとて2人が一緒に居ると、2人の間に自分が割っては入れそうもない気がして、苛立つ。

バランスを壊したかった。

結果として恋人か友のどちらかを得られるか、どちらも失ってしまうのかは解らなかった。
ただ、どうにかして、なんらかのかたちで2人の間に自分の存在を認めさせたかった。

アールの右手の震えを感じながら、ふん、と鼻を鳴らす。

…
それきり、押し黙る。
アールがまだ何か言い足りないのであれば受けて立つし、何もないなら一先ず去るだろう。







チセへの恋心は、本心だ。
しかしチセにこだわり続ければ、アールもまた自分を見るだろう——その気持ちはあった。
ねじくれながら、アールとチセ、そして自分。
3人を結び付けていたいと言う気持ちが、サラミスにはあった。

少女はソワソワしている。