キリエに本の読み方を教えて貰って以来、リーフォン君はすっかり本の虫だ。
キリエの教え方がよっぽど上手かったのだろう、速読術も身につけたらしいリーフォン君は、少しでも時間を見つけてはページを捲り驚くほどのペースで何冊もの本を短時間で読み進めている。
ただ、これまでの人生において身体を動かさずにじっとしているという経験が余り無かった為、走りこみをしながらの読書、寝転びながら分厚い本を両手で上げ下げしながらの読書、頭の上に何冊か本を乗せてバランスを取りながらの読書などおよそ読書家らしからぬ方法をとってのものだったりする。
走りながら読んでいてエンドウにぶつかり失神させたり（ラグさんの治癒魔法によりすぐに復活した）、精神統一中だったミーアに衝突してリーフォン君が大怪我寸前だったりというのももはや日常の一風景である。
そんなリーフォン君をキリエは柔らかい笑みで見守っている。

ある日リーフォン君は穴に落ちた。
落とし穴である。それもリーフォン君本人が前日に掘っていた穴だった。
「お気に入りの本に出てくる面白い奴がね、毎日毎日穴を掘ってるんだ！ 仲間には誤って落ちないようにこうやって穴の近くに仲間にだけわかる目印を置いておくんだよ。そしたら敵だけ引っかかるというわけさ！」
そう言って目印には木の枝を三本置いてあった。
エンドウ、キリエ、ミーアにもその旨は伝えてあった。彼らは、ああまた何かに影響を受けたのか、と微笑ましく思いながらも了承した。実際一朝一夕でこしらえたとは思えないような、罠として使えるくらいの仕上がりの、それは深い深い穴だったので彼らも目印には気をつけて自分だけは落ちないようにと思っていたのだ。
その穴にリーフォン君が落ちた。
足がとられたその瞬間にリーフォン君は近くにあった紐状の物を咄嗟に掴んだので、それも道連れに深く深く落ちていった。

落ちているあいだ、産まれてからサーカスに売られ修行に励みスターとなった過程が淡い色で次々と目の前に映し出された。リーフォン君が走馬灯と呼ばれる現象を知っていたかどうかは定かではない。ただリーフォン君は、僕の作った穴にはこんな機能もついていたんだっけと前向きな解釈をしていたらしい。
泣き顔の道化師が、片割れを亡くして飛べないブランコ乗りが、音符の刺青のある目元に悲しく笑みを浮かべる彼が、リーフォン君に別れの挨拶をしていた。
最後は暗い灰で視界が埋もれ何も見えなくなった。冷たい雨の降るあの日の光景だった。

リーフォン君は頭を打ち付ける瞬間の激痛で我に返る。エンドウがキリエがミーアが脳裏に思い浮かぶ。
遠のいていく意識の中で「僕は幸せだった」と呟いた。
閉じた目からは涙が零れていた。