パーティと別れて数時間後、キラキラと輝く小川に沿って歩いていた二人は前方に少女を見つけた。
恐らく緩んだ地面に足を滑らせ、転んでしまったのだろう。
その場に倒れたまま啜り泣く少女を見てチェンは心配そうに顔を歪めたが、
日没までには仲間と合流したい事もあり、助ける時間も惜しいのだと目を伏せる。

現にツァオは無表情のまま歩を進め始めていた。
無論、その目に少女の姿など映っていない。

ツァオに続き重い足取りで歩を進めるチェンは、罪悪感に耐えられないのか俯いたままだった。
しかし次の瞬間、ツァオがピタリと足を止めたではないか。
反応に遅れその背に思い切り顔をぶつけたチェンは、バッと顔を上げツァオを見つめる。


「いったいなぁ、もう！」

「チェン、あれを見てくだサイ」


そう言って人差し指を少女に向けたツァオは、言葉を続ける。


「あの子……」

「そうだヨ、女の子が転んで泣いてンの」

「そんな事見れば分かりマス。
　そうじゃなくテ……ほら、あのワンピース」


ツァオが言い終わるが早いか、チェンは既にその場を駆け出していた。
そして少女の目の前に滑り込み、顔を覗く。


「……ッ、キミは…！！」


そんな唐突な出来事に、少女はビクリと身体を震わせると必然と泣き止んだ。


「……あー、お洋服作ってくれた人だ」


目を赤く腫らしたままにっこりと笑う少女にチェンはホッと安堵すると、
そのまま脇の下を掴んで軽々と持ち上げ立たせてやり、砂を払ってやる。


「久しぶり、元気してタ？まだ水辺にいたんだネ。
　元気そうで何よりだヨ。あ、そのお洋服似合って——」

「チェン、落ち着いてくだサイ。そんな事ヨリも怪我の心配を」

「あっ、そうか……！！」


いつの間にか傍まで来ていたツァオに叱られ、ハッとした表情で少女の身体を一瞥するチェンは、
少女のワンピースの裾に手を掛けそれを躊躇う事無く捲り上げると、細く白い両脚を真剣な眼差しで見つめた。



…………辺りは静寂に包まれる。



「…………」

「分かってマス、チェンが言いたい事は良く分かってマス。
　だから、ほら、その……取り敢えずその手を離してあげて下サイ」


無言で青褪め振り返ってきたチェンに、ツァオは面倒臭そうに数回頷き行動を促す。
パッと手を離したチェンは今にも泣きそうな表情で少女を見上げた。
少女は黙ったままだったが、頬はほんのり紅潮しており心做しか涙ぐんでいるようにも見える。


「……あの、その…」

「なっ……何をするんですか！セクハラです…！」

「これは、つまり、心配で……」

「立派なセクハラですよ！」

「……うっ！」

「へんたい！」

「……ううっ！」

「えっち！」

「……うううっ！」


ワンピースの裾を押さえキッと此方を睨む少女から飛び出してくる言葉は、
問答無用にチェンの心を抉っていき、それを聞いていたツァオはやれやれと首を横に振った。




＊＊＊




「へぇ、リコリスっていうんだネ。
　俺はリウ・チェンで、あいつはツァオ」

「双子なんだねー、いいなー」


あれから仲直りをした二人は並んで小川を覗き込み、楽しそうに話をしている。
そんな二人から少し離れた場所に居るツァオは、木々の間から覗く空を仰いだ。


（そろそろ出発しないといけませんね……）


仲間との約束を守る為なのは勿論だが、少し胸騒ぎを感じたツァオは眉を顰める。
そして、二人に歩み寄った刹那——


「このきゅうり、簡単に得られると思うなよ・・・？」

「聴いてください私の歌 ——— 『♪いつまでも前奏』 ———」


理解不能な言葉と共に現れた二体の敵。
ツァオは二人の元に走り出し、横に並ぶと武器を構える。


「いけますか、チェン」

「うん、大丈夫。リコリスは危ナイから、後ろに…！」

「嫌だ、私だって戦う……！」


チェンは少しだけ不安気な表情を浮かべたが、その後小さく微笑み頷く。
それから鞭を取り出し一度地面に打ち付けると構え、口角を吊り上げ妖しく笑った。


「全然負ける気しないネ」




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可愛い花柄のワンピースに身を包んだ、フランと年の近そうな少女を見てまさか誘拐…などとひそひそ独り言を続ける。