■　牙（二）

川からはそこまで離れていないはずだが、この砂地の地面はお構いなしに焼けている。
邪魔な兵士をぶちのめしてようやくここまで来たマニー親分は、しかしこんな暑さにゃくじけない。
親分は辺りを見回すと指を口に当ててヒュイッと鳴らす。
すると「へい親分ッ、あっしはここに！」と威勢のいい声が砂の下から聞こえてきた。
もぞもぞと砂を払って出てきたのはサキチという熱血漢のえんぶりお、
親分の手が足りねえってことで喜び勇んで駆けつけた乾分だ。

「おう、ご苦労だなサの字。で、どうだったい？」と親分は早速探索を命じていた様子。
「へい、親分が仰る通り、昨夜殺しがあったようです。この先で一揆隊の男がひとりやられたとか」
「そうけえ、間に合わなんだか…よし、ともかくそこに案内してくんな」
と、どうやら下手人に先を越されてしまったマニー親分は急いで調べに向かった。



一揆参加者が集まる陣営の片隅に、正面から胸を一突きされて事切れている男の骸があった。
大柄で筋骨隆々の体が朱に染まってひとけのない岩場に倒れている。
傷口は大きく心の臓まで抉っていて刀や匕首の類いではない、恐らく槍だろう。
仏も槍を遣うと見えて側に転がっていたが、こちらは反撃できなかったようで綺麗なままだ。
「また手向いできねえ程の早業けえ…」と親分は考え込んだ。

と、そこへ三人の男を引き連れたサキチが現れた。
男たちと仏は同じ小隊で、殺されたのはトマスという名らしい。
「これは親分ご苦労様です。どうも闇討ちがあったとは聞きましたが、まさかうちのものが…」
と、これは小隊のまとめ役のアレクスという魔法使い、鼻眼鏡を掛けた頭の切れそうな優男だ。
「まだ闇討ちかはわからねえので調べてみるが、ともかく仏の話しを聞かせてもらうぜ」
「はい、トマスは昨日の夜までは一緒でしたが、我々は寝る時は好き勝手ばらばらなもので」
「てえことは寝ているところを襲われたってことかい」
「そうでなければ一矢報いていたでしょう…城の侍か知りませんが、卑劣な下手人ですよ」

親分が次に話しを聞いたのは剽軽そうなボブという男、曲芸師のようで何本も短刀を差している。
「でもねえ親分さん、おいらたちは王城前で出会って組んだんで詳しいことはなんとも」
「トマスが恨まれたりしている様子はなかったけえ？」
「へえ、陽気ないい奴でしたからねえ。昔のことはよく知らねえけど」
「身の上語りとか、何でもいいから喋ったことはないのけえ」
「うぅん、そう言えばそういう話しはしなかったなぁ…南国生まれってことくらいで」
「そいつはトマスが言ったのけえ？」
「いえ、あいつ豪快な南国訛りだったもんでして、誰だってわかりますよ」

最後のひとりは大弓を抱えて俯いている陰気なクリフって野郎だ。
「何でもいいから気になることがあったら教えてくんな」
「何でも…と言っても特には」とぼそぼそ喋っていたがハッと顔を上げた。
「そういえば親分さん、あいつのえんぶりおはどうなりもうした？」
「む、骸はトマスひとりでえんぶりおなんて何処にもいなかったぜ」
「そうですか、あいつもえんぶりおも槍の遣い手で、揃ってやられるなんて無いはずじゃけが…」



また話しを聞くかもしれねえと、親分は小隊の連中に遠くに行かないようにと言って別れた。
連中もトマスの弔いと仲間の補充でしばらくは動けねえということだ。

「で、何かわかりましたか親分」とハチベとサキチは期待の眼差しを向ける。
「ああ、ちィと気になる程度だがな。だがとにかく調べてみようぜ」
「いなくなったえんぶりおのことですかい、確かにその場にいたんなら何か知ってますね」
「それは俺とサの字でやる。ハチ、おめえはあの三人をつけて様子を見てるんだ」
「チョッ、あっしは留守番ですかい」とふくれるハチベ。
「何言ってやァがる。おめえはすばしこいしサの字はここらに詳しい。適材適所でえ。
　それに、留守番も大事な仕事だ…まだ何か起こるかもしれねえからな」

矢張りただの闇討ちではないと感じたのか、親分の目は鋭く光っている。
手下たちもそれに気付いたのか無駄口は止めにして仕事に向かった。
「早く片付けねえと、嫌な予感がするぜ」と呟いた親分。
しかしまたしても一揆の騒乱に巻き込まれ、事態は混沌を極めてゆくのだった。

興味が失せているようで、欠伸している…。