『追憶２』

リーネが、四つん這いになっているタマの背中に乗って、ぎゅーっとうつ伏せで抱き着いている。
・・・一般的なキラーウルフにしては毛並みが良いのは、このところの熱心な彼女の手入れの賜物か。

シャルムは、割かしタマに冷たい。
・・・意外と、ペット枠（猫時）として彼女から可愛がられていたのに、
そのポジションを取られたことに嫉妬しているのだろうか。

故にまぁ、この二人の喧嘩は絶えないわけで。・・・騒々しい。

喧噪を嫌ってか、タマの背中から降りたリーネが、やれやれといった具合で私の手を握る。
なぜか知らないが、彼女は動物に抱き付いたり、人と手を繋いだり、意外とそういう行動が多い。
・・・無表情な割に、ボディタッチ系のコミュニケーションが好きなのかもしれない。

・・・喧しい。
ロキと二人で旅していたころからは想像もできないほど、にぎやかになったものだ。

それが、好ましいかどうかは、別として。

——— でも、“懐かしい”と、なぜか思う。














私は、異世界の住人ではない。

この世界において生まれ、この世界で生き、この世界を知っている。


私の故郷は、砂漠の町だった。
町、というよりも、集落、と言った方が適切か。

砂ばかりの、不毛な、雨も滅多に降らず、痩せた大地。
そこにわずかなオアシスの水を元に、人が集い、集落となったものだ。
乾燥に強い植物や、動物を飼い、それで生計を立てるものも少なからずいたが、
あくまで、主たる収入源は、他国への「傭兵」としての派遣だった。

元々、最初はゴロツキに近い流れ者たちが築いたのが、この集落の発端と聞いていた。
それ故にか集落の者の多くは、己を守る術を、人と戦う術を、暴力的な技術を持っていた。


だから、私も、己を守る術を教え込まれた。

仲間も、いた、“はず”、だった。


私はまだ、子供で・・・“だから”・・・

はたと、彼女の声に、急速に意識が戻っていく。
・・・私の手を握りながら、リーネがこちらを見上げていた。

無表情な彼女が、『心配そうに』、と感じたのは、いささか自惚れ過ぎだろうか。

にっこりと、笑顔で、嘘を吐く。







記憶喪失、なんて、物語の主人公でもあるまいし、ありえない。

そうなる事故も、事件も、思い当たる節はない。

・・・だが、事実、『思い出せない』。



全てを忘れたわけではない。

分かることは分かるし、知っていることは知っている。



・・・・・・ただ、


『何か』、思い出したい“はず”の事だけ、ぼやけて、思い出せない。






・・・あの集落を出た後、私は多くの人を『弔った』。
出た理由は覚えていないが、あの集落は『なくなった』らしい。

私は何かを追っていて・・・選別して、『弔って』いた。


嵐のような激動の日々、血を血で洗い、
歩いてきた道のりには、埋め尽くすほどの墓標を立てた。

・・・そうして、気が付けば、私は、綺麗な小川の流れる小さな町で、穏やかな生活を送っていた。

まだ、老齢には程遠いのに、まるで隠居生活のように、
ただ流れる時に身を任せ、ただ惰性で本を読むように、「生きること」を行っていた。




これが、私のこれまで、だ。

それ以上に特殊なことはないし、劇的なこともない。
・・・少なくとも、“覚えている限り”では。

・・・もしかすると、私は、『思い出したい』のかもしれない。

この“一揆”で・・・何か、切っ掛けを掴むために。





だが、今は・・・とりあえず、喧しいペット２匹を懲らしめるのが先だろうか。

とつぜん　ウィルトの　まえに　たちはだかった！