晩餐の前に

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　—— 自分の仕事道具すら整備できない奴が、最高の仕事を行えるわけがない。

　夫の理念。
　それを血の一滴にまで刻み込み、何があっても守っていたのはトニー・ストーカーだけだろう。

　ただし、トニーは戦士ではなく技師であった。
　生まれついてのボイラー技士。戦の勝利に生き様を見いださない男。
　人狼でありながら、人狼の生き様を全て否定した男。

　負けた戦の話を気兼ねなく聴けるのも、パックの中では彼一人だろう。







　武器は生物にも似ている。

　生物を殺すための道具だというのに、使用後の手入れを怠れば、必ずしっぺ返しがやってくる。
　剣であれ、拳であれ、銃であれ変わらない。

　差し向かいに作業を続けるトニーとわたくし。
　彼は爆弾を、わたくしは銃器を、各自思うがままに整備している。
　弾薬が残っていない事を確認した後、かつて教えて貰ったとおりに銃を解体してゆく。

「ねえ。彼の世界で、貴方たちはどうして全滅したの」

　はじまりは世間話のように。
　彼は上目遣いに、視線だけで私を睨め付ける。

「知らねえな」

　視線を爆弾へ戻すと、面倒くさい——と言わんばかりの態度。
　ねじを締め直しているのだろう。ドライバーが触れる僅かな金属音だけ響く。

「ガキ共には聞かなかったのか」

「ええ」

「そいつは正解だな。仔犬ほどギャンギャン吠えやがっからな。
　それで、アンタが聞かなくても……ガキ共は何も言わなかったんか」

「言わないわね」

　彼は胸の衣嚢から、彼と同じく幻影でしかないシガレットケースを取り出す。
　蓋を開け、煙草を手に取り、火を灯そうとして——目の前に爆弾と銃器があることを思い出し、舌打ちをする。
　手持ちぶさたか、火も付けぬ煙草を咥えた。

　黙々と銃器の整備を進めるわたくしの方を睨むと、
　オラぁ本当に知らねえんだ——と、小さな声でぼやいた後。

「オレと“ガイんトコのクソガキでネクラの方”は留守番だったからな。
　オレ達が野営地で襲われたのは、他の奴らが全滅した後だろうよ。頭数が足りねえから確認に来たんじゃねえかな。
　ガキがオレの盾になったのも。防ぎきれんでオレが背中から撃たれたのも。全部終わった後だ」

「そう」

　ならば、ヒューバートは敵の顔を見たのだろう。
　それでいて、わたくしへの報告義務を敢えて怠るのは、彼の見た物が弟の利益に繋がらないからだろう。
　彼の行動理念は“弟の幸い”であり、パックやわたくしは二の次となる。

　レイフは強い人狼ではない。
　何も言わないという事は、何も見ていないと考える方が無難だろう。

　暫く言葉はとぎれる。
　合間に、銃身にオイルを吹き付けてロッドを差し込み煤をぬぐう。
　銃身は消耗品だ。とはいえ、事実に甘えて手入れを怠れば、発射速度や命中精度に問題が起きる。
　夫は整備されていない銃を嫌った。彼の銃は、彼の理念に従って扱いたい。

　その時、トニーのため息が聞こえた。
　火の付いていない加え煙草をつまみ、ぼやくように呟く。

「知りてえんなら戦いな」

　戦いを押し付けるのは彼の道理に反する。
　ステーキを頼んだらハギスを出されたような忌々しげな声。

「オレや“仕立て屋のどら息子”は知らねえ。“ガイのクソガキ”は言わねえ。
　ならよ、知っていて話してくれるバカを探すしかねえだろう」

　レシーバーに油を差し、金属部分に拭いを掛ける。
　ランタンの光を反射させ、指紋が残っていないことを確認する。
　後は元通りに組み上げるだけだ。

「オレ達をエンブリオに売り渡してりゃあ、そのうち誰かが教えてくれっだろうさ」

　ふっと、昼でもないのに白昼夢に襲われる。
　わたくしの手を覆うように重ねられる、力強い兵士の手。
　幻。酷く残酷な過去の残映。

「そうね。そうしようかしら」

　彼がわたくしの手を取って、銃の扱い方を教えてくれたのは何十年前の事であったか。

——しかし男の声は砂地に虚しく吸い込まれるばかりで、静まり返った一行の間を天使の一個小隊が通り過ぎていく。

そう言う男の手には、昨日倒したマッスルポテトの頭が乗っかっている。

鼻歌を歌いながら手際良く料理の支度をし始めた。

せっかくだから外部からスモークと照明まで持ってきてノリノリだ！　砂地で何をやっているんだろうかこいつは！

先ほどの日記のダイエット宣言はなんだったのか、さっそく油分塩分カロリーの３コンボが完全に決まった料理を注文しだしている！

考古学者のノリノリな様子を微笑みと共に見守っていた。
しかし、社長夫人の口にした料理名を聞くや、きょとんとした様子で彼女の方を見る。

パックの若い衆の真似をしているのだろうか。
どこか気取った様子でオーダーする。

この老貴婦人、料理はてんで駄目である。
しかし、馬鈴薯の種類によって料理の向き・不向きがあることは知識として知っているらしい。

……と、にこやかに送り出したカーライルであったが、完成した”何か”を手に首をかしげる婦人を前にして完全に固まる。

男は、鼻歌を歌いながら火にくべたフライパンで料理をしている。
やがて周囲にじゃがいもの香ばしい匂いが漂ってくると、ひとつ摘み上げて味見した。

さらっと無茶な注文をする。
すっかり料理に夢中でニンジャのことは眼中にないようだ。

本当にやってのけるのがディグリース・インダストリー。タブレットをぽちぽち操作するとドン！ドン！ドン！とテレビ、ソファー、お皿、ディップの小鉢が転送されてくる。完全にカウチポテトの体勢だ。
ちなみに彼女もニンジャの方には見向きもしていない。

動くニンジャを指しながら、ひどく神妙な顔をして運び屋に尋ねる。

怒るというより、笑い飛ばしながら・・・

どうやら、“品種”というやつらしい。

そう言って女ニンジャに一枚だけポテトチップスを差し出している。少しけち臭い。

プラチナブロンドの狼はすっかり冷めた料理をじぃっと見回す。
無理を悟っているのか、面倒くさいのか。むっつりとしたままそっぽを向いた！

ごくごく当たり前のことのように、よろしく頼んだ！と依頼した！！

トキサメ戦が終わって、さあ食べようと意気込んでいたらしい。

練習試合どころか、完全に先ほどのトキサメ戦時準備していたポテトチップスにさらに42インチテレビまで準備して休む気満々だったらしい。
というか対戦直前なのに既に寝転んでポテトに手を伸ばしている！

すっかり冷めきったポテトチップスを悲しそうに見つめている

またしても一枚ポテトチップスと、今度はディップのついた小鉢も一緒にあなたに差し出している。

ポテトチップスをつまみ上げると、さっと口に投げ入れる。
刹那、感嘆のため息を漏らした。