人は数日で急激な成長は出来ない。
一日や二日の鍛錬で出来る事が増えたりはしない。
特に身体能力というモノはそう簡単に手に入るモノではない。
だがソレらは時として簡単に奪い去られる。
しかしそれでも、積み重ねた経験と得た技術・知識は残る。
ソレは幸福な事であり、同時に残酷な現実でもある。

かつて各地を巡る1人の行商人が居た。
その者は自ら鍛冶を行い、作り上げた武器や道具を売り歩いていた。
短くて1日、長くて半年の滞在と、
短くて2日、長くて一年の旅を続けた。
その時々で商売相手は色取り取りに変化した。
庶民、狩人、商人、騎士、自警団、処刑人、貴族。
その者は時に称賛を、時に罵倒を浴びせられながら行商を続けた。
平原を、水辺を、砂地を、森林を、山岳を。
世界の全てとは言えぬが、人生の半分近くを歩き続けた。
鍛冶の技術、商売の仕方、人を見る眼。
多くの事を学び、経験し、少なからずその名を耳にする者も増えていった。
時間の経過に伴い、その者はエンブリオとの契約を重ねた。

エンブリオの成長は人のソレとは大きな違いがある。
ネクターと呼ばれる紅い花の花びらを捧げる事により契約するソレの成長速度は恐ろしく早い。
人が一年でようやく手にするような力を4，5日で手にしてしまう。
その加護を得ているかどうかは人としての質を左右する程のモノだった。

その者は初め火を操るエンブリオと契約した。
鍛冶に欠かせぬ火の調整が目的であり、又信仰する守護者の影響で比較的友好的に契約を成す事が出来た。
行商の旅に出る頃、その者は鉱石を探すエンブリオと契約した。
鍛冶に欠かせぬ材料の調達が目的であり、そのエンブリオの修正と利害が一致していた為に良い関係が結べた。
行商に出てからしばらくして、その者は平原を駆けるエンブリオと契約した。
荷が増えた為に移動が難しくなった為、そのエンブリオに力を示し従えた。
名が売れ始めた頃、身を、そして荷を守る為に力のあるエンブリオと契約した。
少々の代償を支払う事となり、継続的な支払いも生じたが、大きな戦力となった。

その者は気付けば生活の中で鍛えられた自らの肉体と技術に加え、
複数のエンブリオとの契約によって高い能力を備えていた。

何時の頃からかその者の傍らには1人の少女が付き始め、弟子を名乗る事となり。
しばらくしてその弟子はその者と同じように1人で旅へ出た。
順風満帆とは言えぬが、1人の人生として充実した日々を過ごしていた。



しかし、長い時をかけ、少なくはない代償を支払い、積み立てた塔はいともたやすく崩壊させられた。
多少の力は、より強大な力によって崩され、霧散する。


その者は願った。
儚い願望を声にならぬ声を上げ。
この生命が尽きようと、せめて、せめて———。

ぐっぐっ！と屈伸運動。