Thanks!【エレイン（107）、チドリ（557）、クロム（750）、モルト（1289）】



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「好きにすれば良い。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　私もそうしよう」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　———— 捕虜に向けられた言葉

コノエの右足が深々とポテトの胸板にめり込んだ。胸というか、人の顔くらい大きなジャガイモに。
そのまま刃を抜く。魔力のものではない、全身の至る場所に隠された剣の一つだ。
本物の金属が放つ煌めきはイモの恐怖を照り返した。ごくり、とどこからか息を飲み込むイモ。

いつもの口を軽く歪める笑みが違うものに見える。私にとっては見慣れているものだけれど。
捕食者転じて殺戮者、同じ舞台にすら立っていない絶対上位者の顔。その顔のまま無造作に右手を振り下ろした。

重い音を立てて物体と化すイモの左腕。複数の芋をくっつけたようなそれはバラけて散った。
半分に叩き斬られ断面を晒したのは肩の部分のみであり、残りは皮付きのただの芋になって転がっていく。
その一つを拾い上げチドリがコノエに叫んだ。

食材としてのイモにさほど興味のないコノエは気前よく答え、もう一太刀イモに浴びせる。よほど

こういった言動が癇に障っていたに違いない。かといって戦闘で本気を出したくもない。
その結果が戦闘という枠に入らない、勝者の権利としてささやかに苛立ちを解消するという行動だった。
姿を消した状態のヴィンテはチドリが拾っていない芋を拾い集めていた。籠に軽く放り込んでいく。
それを横目で見ているうちに両手と両足、次いで腹を切り落とされたイモは芋に戻りつつある。

瑞々しくも軽い音を立ててイモはモノ言わぬ芋に戻った。下顎を綺麗に切り落とされているためもう二度と口はきけないだろう。
すっきりしたコノエは布で刃を拭き元あった場所へと収めた。やったことは芋を切り刻んだだけなのにとってもご満悦。
元より苛立ちも怒りも愉しむ彼は禍根を残さない類である。いつもの顔に戻り、すぐさま私に跪いた。
銀の髪を撫で回し、指で梳き、首に触れて捧げられた手へ。その手の上のネクターから花弁をひとひら引きぬく。

コノエに付き添われて向かうのは開始1ターンで完膚なきまでに叩き潰されたキラーウルフのそば。
エンブリオであるせいか傷はほとんど消えている。それでもダメージは残っているのか伏せの状態で舌を出したまま唸っていた。
その辺りは普通の動物と変わらないらしい。話すことは横に置く。今更すぎるから。

実際倒したのはイモだしコノエだけれど。キラーウルフは恨めしげに私を見上げた。野生の勘というのは素晴らしいと思う。
彼は少なくともわかっているのだ。自分という個体、自我に未来がないことを。

唇を軽く噛む。紅の代わりに血が唇を染め、それを指にとりネクターの花弁へと移した。
鮮やかな赤に深く濁った赤が混じる。毒々しい様相を呈する花弁をウルフの舌へ導く。
捕食者だったものは物悲しげに一声鳴くとその歴史を終えた。



昼食にと街で買った食材を調理していると自然、この先の話になった。手持ち無沙汰だと未来に思いを馳せるのは人の性か。
とはいえどうやって集めたのか他の地域を進む者やそいつらの拾得物までまとめているのだから大したものだ。
今のところ謎の夢も含めて負けなしであるためもう少し冒険したい、というのが趣旨らしい。
女王陛下は興味がないのか木箱から出てきた魔剣をいじりまわしていた。

モルトの口調には悪戯っぽいものが含まれている。今のところ試合で私たちが勝ったことはない。
しかし、敵との戦闘ではこちらのほうが決着が早い＝火力があるのだ。

エレインがノリ気なのは意外だったが、ああ見えて軟弱ではない。ジャガイモを見ながら唸っているクロムのほうが軟弱だろう。
一応断っておくならばこの鍋にあの動くイモは入っていない。どう見ても上等なものではなかったからだ。
女王陛下の御口に入るものは美味でなければならない。それが掟である。

今日は淡白な鶏肉に軽く下味をつけ、野菜をたっぷり、そしてじっくり煮込んだスープだ。
まだ午後の移動が残っている。それを考えてのメニューではあるが私たちにはあまり関係がない。
食器や個人の食糧を取りに飲み物を注いでいると三々五々と同行者たちが散っていった。
土産品を主に使っているため栄養こそ無いが味は一級品である。口寂しい者に与えるスタンスだ。

いつもよりやや多く昼食を摂った女王陛下にデザートを渡す。
体力をつけている。私だけに判る変化に目を細め今夜の宴に思いを馳せた。

男か女か分からない、小柄なモノが、あなたをじっと見ている。
女性に付き添う男性が常に護るような気配を出しているせいか、どことなく近付き難いようである。