■Intermission [side:B]

とある大きな街の昼下がり、路地裏の小さなベーカリーのカウンターにて、一人の少女が座っています。
如何にも退屈そうといった面持ちで頬杖をつき、手持ち無沙汰にすっかり冷めた紅茶を理由もなくかき混ぜながら、
閑古鳥の鳴く店内には、ノイズ混じりのラジオ予報が虚しく響いていました。
商品棚には、固焼きの黒パンやビスケット、瓶詰めなどの日持ちのしそうなものが疎らに並べられているばかりで
人気のありそうな調理パンや柔らかな食パンなどは、みんな昼前に売れてしまっていたのでした。

ラジオから聞こえていた予報が終わり、静かな音楽が流れ始めた頃、
しばらく振りに入り口に掛けられた鈴が鳴ります。
少女は入ってきた小さな男の子には目もくれず、つまらなそうに言います。

「今日はもうそれしかないよ。
　午後に新しく焼く予定もないし、今日は焼く人もいないから。」

「知ってるよ？
　……お姉ちゃんは、ただの店番だもんね。」

「なーんだ、あんただったの。
　……接客するだけ無駄だったわ。」

ようやく客の男の子の方を見たかと思うと、開口一番出てきたのはそんな辛辣な言葉でした。
もっとも、接客らしい対応などは、一切合切なかったように見えるのですが。

「冷やかしなら帰りなさいよ！
　私は、こう見えても忙しいんだからね！」

そう言った彼女が見たのは、差し出された固焼きのビスケットに四枚の銅貨。

「よかったら、一緒にお菓子でも食べませんか。
　……お姉ちゃん、どうせ暇なんでしょ？」


　+ + +


店内の隅に造られた小さな喫茶の席の一つに、二人の男女が着いていました。
一人は、短い金髪に碧眼をした、まだ小さな少年。
もう一人は、淡い金髪をポニーテールに纏めた、
尖った長耳にうさぎのような赤い瞳の、十代の中頃に見える少女。
テーブルの上には、先程少年の買ったビスケットのほかに、
少女が賄いとしてこっそり残しておいたとっておきのクッキー、
新たに淹れ直した熱く湯気の立つ紅茶のポットにカップが二つ、
瓶の中で几帳面なほど綺麗な格子模様に並べられた、白と薄茶色の二色の角砂糖。

「あんまりお砂糖入れすぎると、バカになるんだからね！」

そんな根拠も何もなさそうなことを言いながら、彼女は自分のカップに角砂糖を二つ放り込みます。
そして、ついさっきまであんなにも退屈そうに憎まれ口を叩いていたのが嘘のように、
二人は仲良く楽しそうに会話を弾ませるのでした。

彼女はこのベーカリーの店員ではありません。
この近所に事務所…と称する路地裏の古い建物の一室を拠点にした、自称厄介事請負人、
要するに、便利屋や何でも屋などと呼ばれることを生業としていました。
厄介事請負人などと言うと、いかにも大層な肩書きに聞こえますが、
実際に回ってくる仕事の依頼は、留守番や迷子のペットの捜索、
害虫退治に家事手伝いなどがその大半を占めていました。
稀に魔物の征伐や、要人警護などの戦闘行為を含む仕事が来ることもありましたが、
そんな依頼が来ることは、指折り数える程度しかありません。
この日のパン屋の店番も、そんな普段の仕事の一つでした。
もっとも、本来は休業日の予定でしたので、仕込みも少なく、午前中だけでほぼ仕事は終わってしまったのですけれど。

「……その、ノールランド海峡に架かった大きな橋で、大きな戦いがあってねー。
　それはもう、大活躍だったんだから！」

実際彼女がノールランドの戦いで何をしていたかはさておいて、そんな昔の話を身振り手振りで楽しそうにしています。
いつの間にか日はすっかり傾き、通りに面した大きな窓から夕日が射し、部屋全体を茜に染めていました。
彼女の異国の話を楽しそうに聞いていた彼ですが、そろそろ時間を気にし始めます。

「僕は、そろそろ帰らないと……。
　お話ありがとう、とっても楽しかったよ！

　……お姉ちゃんが、ずっとこのお店にいたらいいのにな。」

そう呟いた少年の声は、彼女には聞こえていないようでしたが、
それでも彼は、笑顔で手を振って店を後にします。
同じように手を振ってそれを見送った彼女は大きく伸びをして立ち上がると、
一つに纏めていた髪をぱさりとほどくと、テーブルの片付けをはじめます。

「それにしても、今日はいつもに増して午後のお客さんが少なかったなー、
　……ま、どうでもいいけど。」


———音量を下げられたラジオが囁くように、グリムドール地方で起きた
　連続少女誘拐事件が猟奇殺人へと発展したことを伝えていました。




なお、この日の午後にお客さんが彼以外に全く来なかった理由が、
ドアに掛けられた札が「open」から「closed」へと裏返されていたことが原因だったということは、また別のお話。

万已楽は嬉しそうに尾をふりふりしている

そういうと手に持っている一升瓶を見せてみます。
甘いような、くらっとくるような、そんな匂いがする、それは…。