■マーメイ丼■

基本的にチームで行動しているとは言っても、
進路はある程度絞られているため、当然同道する者も多い。

今もこうして水辺で小川のせせらぎに耳を傾けながら休息を取っていると、
あちこちから様々な声が聞こえてくる。

それは単なる呟きであったり、共に戦う仲間の募集であったり、商売であったり。



そんな中、聞くともなしに聞こえたのだが、気になる言葉が耳に響いた。

『マーメイ丼』
『地産地消』

マーメイ丼？
折しも、先ほどこの近くでマーメイドに襲われ、それを撃退したばかりだった。
そして、地産地消。

私の脳裏にまず浮かんだのは、あのマーメイドを食材として乗せた丼であった。

…まさか、とは思った。
いくらモンスター、エンブリオとは言え、相手は半分人間の姿をし、人語を話す種族である。

だが、瞬時に思い直した。
この地においてはそれが当たり前の常識であって、私の方が異邦人に過ぎないのかもしれない、と。



そもそも、家畜を始め、野に生きる動物も我々は食材として食べる。
モンスターの一部もそれに含まれる。
だが、その動物と他のモンスターの違いとは果たして何なのか？

外見が人型だから？　人語を解するから？
しかし、時に襲い来る亜人種とて、モンスターとして分類されることがある。
要するに極めて曖昧な基準で、それは個人の倫理観に委ねられたものかもしれないのだ。

そして、我々が戦い、命を落とした者は後から仲間に埋葬されるのでなければ、
その場に捨て置かれ、或いは食い荒らされ、或いは朽ちて土に還るのみ。
ならばそれを生きるための食材として活用する者がいても至極当然なのではないか。


私は考えながら、当然の帰結としてカニバリズムのことを思った。
我々の世界では恐るべき禁忌とされ、もはや過去の遺物となった、とされるものだ。
同じ種たるヒトを喰らう。
考えるだに恐ろしい。

だが、カニバリズムの風習とは、人喰いと聞いて想像するような残忍なものだけではないと聞いた。
曰く、それは戦い、敗れた者の血肉を喰らうことでその者の力を取りこむため。
曰く、その者の魂を受け継ぎ、未来へと引き継ぐため。
それはやはり、文化や風土、宗教観の違いに過ぎないのかもしれない。



つまり、マーメイ丼とやらも、戦いに敗れたマーメイドを、
ここでは至極当然のこととして、普通に食材にしているのかもしれない。

とはいえ、頭ではそう思っても、先ほど戦ったマーメイドを想う時、
それを食すとなると私には忌避感、拒絶感が否めなかった。
たとえ、下半身の魚部分のみだとしても大差はないであろう。



…いくら一人で考えこんだところで、何一つ推測の域を出ることはない。
相手に聞いてみるのが一番だ。
事実を知ってから、それについて思索するほうが考えるまでもなく有益である。

そこで私は、先ほどの声を発した少女、
栗毛色の髪をし、白い法衣らしきものを纏った者へと声を掛けた。
後に知ることになるが、彼女は名をササと言い、元修道女ということだった。

※ササ（588）さんをお借りしました。

あたりの空気がひんやりと変わった