この場所の住み心地は、思いの外悪くなかった。

　彷徨竹林。
　そんな名前で呼ばれる、奇妙な空間。
　
　ここにせせらぐ小川は静かで心地よかった。
　清らかな水。穏やかな流れ。時折、風に揺れる竹林の葉から溢れてくる陽の光。
　空から注ぐ光。水面を撫でる光。　プカプカと水面に浮いた私を見下ろす光。

　光から思い出すのは、少し前まで住処にしていた星屑の小川の事だった。

　夜空の星の様に輝き、水底から住まう全ての生き物を照らしていた光。
　しかしそれはここにはない。

　違う、という事を改めて思う。
　けれども悪い気はそんなにしていない。
　諦めからそう思うのか。それとも現状を受け入れたのかは、正直なところよく分かっていない。

　でも望まずに来た場所とは言え、ここが良い土地と思えたことは、私の真実だ。
　それを恨み言で嫌ってしまうのはなんとなく惜しいと思えた。だから、良いものは良いものとして素直に受け入れよう。

　ただし。それはあくまでこの土地だけの話。

　不本意ながら耳に慣れてしまった声が私の名を呼んでいた。
　水面に浮いた姿勢は崩さないまま、顔だけを川岸に向けると。

　そこには現契約者であるトカゲと、お供のエンブリオ達の姿があった。

　努めて無愛想に答える。私がトカゲの相手をするときはいつもこんな感じだ。

　出る？　ああ。攻城戦の事か。

　首輪付きのエンブリオの悲しいサダメ。契約が成立している以上、主人の命令を拒否する権利などない。

　お？　珍しい。腰巾着のデク人形が面と向かって文句を言ってきた。

　声を張り上げたゴレムが今にも飛びかかろうとした時、

　差し出されたトカゲの手が、ゴレムを制止させた。

　不承不承。顔にある光を消したゴレムは実に不満そうにトカゲの後ろへと下がっていく。

　契約して以来。どんなに悪態をついてもトカゲが先程のゴレムの様に声を荒げたことはなかった。
　別にだからといって増長している、つもりではないけど。

　力を示した者とネクター花の契約を交わす。
　エンブリオにとって切っても切れぬ世界のルール。
　仕方がないと割り切ればいいが。私にはどうしてもそれだけは整理がつかないかった。

　——せいぜい頑張りなさい。

ギガヤの発言になんと声をかけたものか悩みつつ

（うっかりしていると、「じぇ」はまだまだ増えそうだ）

張り切ったように腕をまくってみせる。続くゼゼの要求にはフンフンと耳を貸し…

　なんか言った。

　人間の方が思想が危険だった。

ふと、ゼゼのぎこちない様子に気づき、独り言を聴かれてしまったかと覆面の下、薄く笑い、

あくまで他人事のように、無責任な同情を見せ、肩を竦めてみせるのだった

真似するように尾の先を寄せる。こうして比較すると随分と異なる大きさだ。
歩行中に踏まれる事態を想像して苦虫を噛み潰したような顔になった。

（鞄を探り、取り出した5cm弱の種子を両掌に乗せ）

背中に乗る〜？とオススメする。

あ、これ庭で採れたトマトだけど食べる？と籠ごと差し出す。