ボロ布をまとった威勢のいい女を目の当たりにしながら、
クリスはぼんやりとそんなことを考えていた。
もちろん、口には出さないし、出せないけど。


攻城を続けるクリス。
城内はまるでそれぞれがひとつの世界であるかのように、
少し移動しただけで、それまでの場所とはまるで違った顔を
土地と気候という形で見せつける。


「あっつい……クリスは平気そうだね」
「チハヤ、水、飲みすぎ。あとで、足りなくなる」
クリスの横でしきりに汗を拭いている、彼女よりも背丈も年のころも一回り大きな少女。
その少女を片言で諌める、人間の形をした何物か。
チハヤとモクラは、クリスとともに行動している一揆小隊のメンバーである。
2人が持っている槍と鎧は、クリスが2人のために作り上げたものだった。

クリスは、会話を上の空で聞きながら、3人の少し前を歩いている男の背中を追っていた。
男は歩きながら片手に持ったいくつもの資料を素早くめくり、
その内容に注意深く目を通している。
ふと、特に何もないはずの場所で男は立ち止まり、
「ここで休憩しよう」
端的に3人に告げた。チハヤとモクラは素直にそれに従う。クリスも同じだった。
指示に従っていればそう大きな問題は起こらないだろうと思わせるほどの信頼を、
男はクリス・チハヤ・モクラの3人から得ていた。


「一人か？」
エンジェルのジーンと契約したものの、
知らない世界に一人で来たという心細さを拭えなかったクリスに、
最初にともに行動しようと声をかけたのが、アルヴィナ・シームベルツである。
出会った時からすでに彼の傍にはチハヤとモクラがいて、
孤独に押しつぶされそうになっていたクリスは、
アルヴィンのただでさえ短い話を半分も聞かずに、一も二もなく飛びついたのだ。


「クリス。お前を呼んでいる女がいる」
彼と出会った時のことを思い出していたクリスは、すぐ後ろから聞こえた声で我に返った。
休憩中のクリスを呼び止めたアルヴィンの目は、
出会った時からずっと変わらず深く沈んでいる。
元の世界からの依頼としてここにやって来たクリス、
より強い者との戦いを求めるチハヤ、
まだ意志を持つに至っていないモクラとは違い、
彼が何を目的としてこの一揆に参加しているのかをクリスは知らない。
チハヤやモクラは、そもそもそれを知ろうとすら思わないのかもしれない。
「そこの君ッ！　少しいいかな？」
アルヴィンの横に立っていたのは、薄いボロ布しか着ていない少女。

違った。


クリスの作製技術は、一揆小隊の間でちょっとした話題になったようだ。
こんな荒れ果てた場所を進攻している時にも、依頼の声がかかる。

この日差しが照りつける荒野でもひんやりとした肌触りを保っているラルフ鉱。
クリスは軽く息を吐き出し、魔力を一気に手の中の素材へと練りこむ。
ラルフ鉱は手延べの生地のように大きな一枚布として広がる。
あらかじめ綺麗に洗っておいた近くの平らな岩盤を作製台代わりにし、
ぬいぐるみのジャンの背中から取り出した鋏で瞬時に形を整え、
同じくラルフ鉱から作った糸で縫い上げていく。
シンプルながら耐久性に優れた法衣が完成し、
クリスはさっとたたんで女に手渡した。
「これであの呆けたヤツも喜ぶだろうさ！」
女は篠懸を受け取り、颯爽と走り去っていった。
クリスの頭をぽんぽんと叩くアルヴィン。
その手には確かな温もりが感じられるのに、
どこか冷ややかな感触が芯を貫いたような感覚にクリスは襲われた。




孤独を背負ってこの世界にやってきたはずのクリスに、少しずつ繋がっていく輪。
自分はその輪の構成要素なのだろうか。それとも輪の中に囚われているのだろうか。
今の彼女に、それを判断するすべはなかった。

薙疾、テンションダダ上がりである。

そしてもう倒した気である。

特に怪我などは無いようだ。

何かが違うようだ。

なんだかわからないが納得したらしい。

モクラはただ、相手を見つめている……

モクラは一礼をして立ち去った……

モクはある方向を指さしている……

モクラはただ、相手を見つめている……