特に緊急の用事もないという事で、食料の分配を決めた後は各自解散していた。
　コーデルはリオの帰りを待つため、ロザリア共々アーデルハイトの部屋に滞在している。
　元々彼女のテントというだけあり、アーデルハイトの私室はある程度の広さを持っていた。コーデルは入り口近くの余っていた椅子に腰掛け、ロザリアは妖精サイズになって机に置かれた籠の中から縁にもたれかかっている。

　アーデルハイトが座るのも、ベッド近くにある椅子の一つだ。
　足を組み、片肘を椅子にかけてもたれかかる姿は気取る様子がない。話し言葉こそいつもの柔らかさだが、時折挟まれる仕草から微笑む眼差しまで、傲然としたものを隠す素振りはなかった。


　リオがいつ戻るのか、という話については、少し考え込んだコーデルが『リオの気が済むまでお話するまでじゃないですかね』と推察を述べる。
　あのわんこ気質からするに、この世界の事はきっと色々聞きたがるのだろう。今野営しているこの場所一つとってもかなり摩訶不思議な場所であることには違いない、他にどんな物を見たのか、話をせがむ事は簡単に予想がついた。

「レコちゃんとゼルダちゃんは災難ねぇ」

　アデルが口にするのは、先刻リオに追いかけられて脱走した二人の事だ。
　夏祭りの情報がロザリアによってリオに伝わり、ゼルダとレコはリオにさぁ衣装を準備しよう！　と迫られて逃げ回っている。
　リオが主張するに祭りとはおめかしの場であり、普段着で出向くなどとんでもない——という事だった。その部分を煽られたこともあり、二人がリオの攻勢を振りきって祭りに出向く事はまず不可能だろう。

「安全を確保する最良の方法はね、矛先を他所に向けることなのよ」
「助かるわぁ、おねーちゃん危うく自分でぶち壊しにしちゃう所だったけどー」

　え、何かあったっけ？　と尋ねるロザリアに、アデルはふんわりと微笑んで説明を添えた。

「ただの軽口よー。シャンテちゃんとデートって話になったら、流石にいつもの奴って訳にはいかないでしょ？」
「ぷっ……」

　コメントに困る、とばかりにロザリアが吹き出す。
　アデルがこの手の行動を始めるのは今に始まった事じゃない、良く言えば懐が広く、悪く言えば酔狂な人間だった。原則性善説気味であるロザリアやトレニアとも違い、性悪説を理解しながらも、あえてちょっかいを出しに行く事がしばしある。
　性悪とまではいかないでも、食えない性格をしているシャンテに粉をかけるのは相当な度胸に違いない。
　理由を尋ねようかと思って、やめた。リスクにビビるような相手じゃない———むしろ、それが理由のすべてなのだろうとロザリアは確信出来ていた。

「……何、仮に受けられたらどうするの」
「おねーちゃん超困ります」

　生真面目な口調で言ってのけたあと、アデルはそれをくすくすと笑い飛ばす。

「流石に出来もしない事を口にしたりはしないわよ」

　でも、決して期待はしていない。
　人当たりはよく、他人を丁重に扱う。邪険にされる事を前提としていて、尽くされる事をよしとしない———遊び人によくいる、実に困ったタイプだった。
　祭りの予定は？　とロザリアが尋ねれば、案の定気難しそうな顔をした。

「うーん……お姉ちゃんこういうの苦手なのよね」

　当然でしょう、とコーデルが薄く笑う。ストイック同士通じるものがあるのかもしれない。あるいは彼女的に、祭りに誘われた時の自分の困り具合をアデルにも味わって欲しいのか。

「お祭りは苦手だけど、お話は苦手じゃないわよ？　……そうね、可愛い子がいたらまたちょっかい出すかも」
「全てをけむにまかないと息抜きできない奴って馬鹿よね」
「……ふふ、耳が痛いなぁ」

司祭服の青年は背で少女をガードしている。鉄壁だ。

————————————理想————————————

————————————現実————————————

（的確で容赦ない突っ込みにぶすっと膨れる。無論そういう表情を見せるのも友人だからこそなのだが。台所を探す時間が惜しいと判断し中空から“特殊召喚”で呼び出したと思しき湯の入ったポットから準備の出来た茶器にお湯を注ぎながら）

（説明には溜息を零しつつ、香りと懐から取り出した銀の懐中時計で時間を確かめる）

（なんせ紅茶とお酒がないと駄目な人種である。しかも味にこだわりがある。そんな贅沢品をこの世界で入手しようと思えば相当難易度が高いだろう）

（良い香りの漂うカップを相手に差し出しつつ、自分もそれに口をつけようと……して、聞いた単語と内容にびしっと空気がひび割れるような怒気を放ちながら思わず声を荒げる）

（程よく錯乱している少年の側では、どう考えても飲み頃の紅茶が冷めかけていた）

リエッタとレコ、二人が離れるのを見届けた司祭服の青年が、笑顔を深める。