34歳のいい年した男と、16歳の少女の交換日記がこうして始まった——



「日記、日記ねぇ……」


可愛い文字がハイテンションで羅列された1ページ目を眺めて先程から十数分。
改めて日記と言われると、どうしたものかと顎を撫でつつ唸るばかり。


「お嬢はほんと絵を描くのが上手だねぇ」


日記の空きスペースに描かれた同行者、花冠とフィンのデフォルメされたイラストが目を惹く。
顔だけとは言えよく特徴を捉えているもんだと感心しきり……


「……んで、えーっとぉ」


ペンを取ったものの次のページに1文字目を書こうとして躊躇すること数度。
ペンの頭で頬骨をコツコツ叩いて……


「下書きだ！」


妙案とばかりに、荷物の中から日記帳とは対照的な罫線だけのレポート用紙を取り出し、
一先ず日記帳を脇に置いてレポート用紙を膝の上に乗せた。


「いきなり清書はプレッシャーがねぇ」


何をそんなに書きあぐねているのか自分でも苦笑してしまう。
下書きなら取り合えず失敗しても問題ないだろう。



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０６００　起床　本日一本目の煙草に火を着ける

０７３０　朝食　花冠が釣って来た魚が美味しかった

０８００　行動開始　水辺に

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「報告書だなこれじゃ……」


朝からの行動を羅列し始めたところでペンを止めた。
素直に日記と考えたのが不味かったか？

どうしようもない感じで、レポート用紙を適当にくしゃくしゃっと丸めて荷物の脇に放り投げる。
まっ白な次の紙にペンを付ける前にコートの内側から煙草の箱を取り出して一本。


「ふぅー……もうちっとフランクな感じってやつで？」


煙草の先端に火を灯し、深呼吸するように胸を膨らませて煙を吸い込む。
思い込みだとは分かっているが、集中したい時はまず一服。これが基本だ。


「ふーむ」


集中——

『貴様みたいな中毒野郎に背中を任せられん！』

思考を巡らせ過ぎて妙に昔の事まで思い出してしまう。
よく聞いた教官の怒鳴り声……。
中毒、つまり依存症と言う名の立派な病気だ。

入隊ほやほやの頃、自分の配置希望は成績も良く腕にも自信のあった狙撃だった。
しかし、軍隊やそれに類する機関において喫煙者は狙撃手適正から除外されると言う現実。

喫煙が特別と言う訳ではなく、特定の何かに依存傾向がある場合は狙撃手に向かないと言われている。
酒、煙草、ドラッグ、ギャンブル、果てはマザコン……。
“アレさえあれば全力を発揮できる”と言う依存型の思考は集中力の欠如を招き、
戦線に置いて重要な一発を外しかねない。

血の気の多い盛りの自分は食い下がって喧嘩腰に返したりもしたが、
結局は実戦においてその言葉が正しかったのだと後々思い知らされたものだ。
そんなこんなで、こうして今の自分があるのである。


「思い出に浸ってても進まねぇ、ってな……なんかもっと楽しい話とか、かぁ」


自分の道を決めた中毒の原因を燃焼させながら、再びペンを取る。



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日記じゃ堅苦しい気がするから、何か軽くネタを書いて見ることにする。

☆煙草あるある

・煙草の味で今の体調が何となく分かる。

・煙草を逆に咥える、と言う事態は割と起こる。

・唇にフィルターが貼り付いて、指がすっぽ抜ける。

・ポケットの底の方にこぼれた葉っぱが貯まっている。

・たまに急に燃焼が激しくなる部分があって焦る。

・話に夢中になってたら、灰皿に置いてある煙草を忘れて新しいのに火を着ける。

・灰が長い時は、大概後少しで灰皿……と言うところで落とす。

・メンソールを

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何か随分ノリノリで書き進めたが、イマイチだ……と思ったネタに
ピッと取り消し線を入れた所で、ふと我に返った。


「こりゃ俺のネタ帳じゃねぇんだよ」


書き掛けた煙草あるあるに〆印を大きく引き破って丸める。
ちょっとフランク過ぎた。


「あー、んと、もっと実用的な話？」


あるあるネタの様に灰が長くなり過ぎて落とす前に灰皿に煙草を弾き、
新しいレポート用紙に取り合えず何か書き始める。



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この一揆とやらに参加してから訳の分からない化け物共と戦うようになったが、
お嬢を守ると言う意味ではなんとか俺のライフルと腕でも役に立っているようで何より。

俺の使っているライフルは有効射程が大体600ｍと言われている。
実際によく使用する距離は100〜400ｍが精々だが、現状なら問題ないだろう。
本気で狙撃するならそれなりの得物を取り寄せないといけないが……。

ちなみに、このライフルの弾は7.62x54mmR AP弾（数字は直径と薬莢の長さね）と言う物で、
AP（アーマーピアッシング）と言うのはボディアーマー（防弾チョッキ）を貫通する能力の事。
と言ってもクラスⅢより上は厳しい。あくまで人間を相手にした場合の話だがね。

今の所問題ないが、このままもっとデカい化け物共が出てきた場合、
威力不足にならないか少し不安はある。今の所は大丈夫！と強調はしておく。

本気でやるなら.50口径の対物狙撃銃でも送って貰わないとやってられない。
.50口径と言うのは弾が12.7×99mmにもなるんだ。
些細な数字の違いかと思うかもしれないけれど、この差は非常に　・　・　・　・

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「非常に……」


口に出して呟いてそこでペンを止めた。
今までの下書きの中では大分書き進めた方だが、フランク一転どうしてこうなった感満載だ。
自分で頭から読み返してみて容易に想像できるのは、これを読んで眉間に皺が寄るお嬢の顔。

そもそも自分にとっては有用な知識だが、お嬢に話した所で意味があるのか？

いや、ない。

そう気付くには少々遅かった気もするが、何事もやらねば進まない。


「で、結局フリダシねぇ」


グシャグシャと線で全体を塗りつぶして3個目の紙屑を作成。
やらねばは良いが、この調子では日が暮れてしまう。


「ぬあ゛ーー！」


とうとう唸るだけに止まらず奇声を発した。
別に物を書くのが苦手な訳でもない。
くだらないラブレターを作成した事は何度だってある。
バーでおねーちゃんを口説くならもっとスラスラ言葉は出てくる。
報告書ならもっと事実に則してきっちり書ける。
始末書で上司の顔色を伺うような言葉は数え切れないほど書いてきた……。

この“護衛対象の16歳少女との交換日記”と言う謎のシチュエーションが脳の回転を鈍らせている。
素直に言ってしまえば、自分の半分くらいの年齢の少女にどう接して良いのか分からないのだ。

……落ち着け自分。
殊更にゆっくりと、腹腔まで満たすような気持ちで煙を吸い込み、
静かに細く長く、紫煙を吐き出した。


「つーか、アレだ……“交換”って事は！」


煙を吐き切ったところで目を見開く。
ハッとした表情で、素早く咥えた煙草を灰皿に叩きこむと、
先程、傍らに閉じて置いておいた日記帳を改めて開く。

何故今までそうしなかったのだろう、当たり前の事ではないか。
“交換”日記なのだから、そもそも前の日記に対して掛け合うような形で書けば良いのではないか。
ごく当たり前の事だが、この状況では天才的な閃きとしか思えない。


「はっはーん、俺ってば馬鹿よねー……別にいつものノリで良いんだよなぁ」


謎の迷走を果たした下書きは過去の話。
ペンを取って、今度は何の躊躇もなく日記帳のページを埋めていく。



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交換日記と言うくらいだから、コメントする感じで言いのかな？

・二人の事
最初の印象は二人ともいかつい感じだったが……いや、今でもよく分からないな。
とにかく背が高い！今更背の高さで悩んだりはしないが、二人に並ばれると男としてプライドがね。
お嬢はまだまだこれからだから、頑張れば伸びるんじゃないかな？
今日までとは言え確かに人が多い方がお嬢が楽しそうで俺は嬉しい。
嬉しいけれど、あの二人が賑やかだったかと言われると？
また何処かで会えたらそれも縁だ。

・水浴び
どういう事だろうな、俺はお嬢が「ウィルが得意そう！」って言うから絶っっ対水着のおねーちゃんだと思った。
あれはいけない、夢に出てきそうだ。残念ながら俺には男のビキニパンツ見て喜ぶ趣味はないんだ。

・ヘソ
ダメなのか？俺が悪いんじゃなくて自然と出てる物を鑑賞するのは問題ないと思うんだが。
腹巻きは勘弁してくれ、男のささやかな楽しみってヤツなんだ。OK？
お嬢、男ってのはそう言う生き物なんだよ。
例えばお嬢が水着になったら、多分俺はお嬢のおヘソ見るね。どうだいヘソを出して見る気は？


明日からまた２人で行動になるが、今の所お嬢に大きな怪我もなくて一安心かな。
お嬢がやりたい事、困った事があれば何でも言ってくれればいい。
取り合えず今の俺はこの日記を書いた達成感で溢れている。一服一服♪



today's special!

ココ何書くんだ？何か凄い事書いといてあげよう。

俺豆知識：俺から煙草を取り上げると死ぬ！！

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訳の分からない豆知識を披露した所で、満足気に日記帳のページが閉じられた——

耳慣れぬ響きだ、と小さく零す。

それから意味ありげな視線に対しては、

見えぬ筈の瞳でウィルを捉え、そう返した。



それから、彼の自分の匂いを気にする様子に、一度ばかり瞬いて。