花のような蕾のようなネクターを繁々と見つめている泥棒犬を不思議そうに見上げるアニマのハチ

あきらかにセイレーンではない花のようなエンブリオ。
ハチからしてみれば当然、エンブリオ仲間が増えるものだと思っていたのだが。

特別なエンブリオと言われて気にならないわけがないが、
泥棒犬がいずれ話すという限りは必ず話す時が来るので一応何も言わないでおかれる。

旅は道連れと言えないエンブリオが増えたところで、さて。

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「泥棒犬さんですねぇ？私と剣で一戦交えてもらいたいのですがよろしいですかい？」

薄汚れた着流しに出来物の浮いた顔、雰囲気が良いとは言えない犬の獣人が声を掛けてきた。

どう返事をしようか考えあぐねいていると、汚れた立ちずまいからは想像出来ない良く手入れされたヒ首を取り出し、

「私は少し前まで名の知れた剣術道場を開いていた、ヒトツキと申します。
　お察しの通り、今では落ちぶれ盗賊に身をやつしてしまいましたがね」

ヒ首を構えたまま礼を切る姿は、なるほど確かに少し上品さを覗かせる。

一揆が起こる原因としてネクターの独占は確かにある。
それ以外にも人外たちとの確執がないわけではない。
むしろ領地によっては積極的に「駆除」している場合も。

エンブリオはネクターでの契約により人に利益をもたらすが、
ただの人外は人の法では縛れず、人のように扱ってはならず、非常に面倒くさい。
そもそも人に守られていない獣人などは税金を納めてすらいない。
そういった点でトラブルになる事は枚挙にいとまがない。

「へえ、まったくその通りでして。
　私の剣術道場は街で開くとあって、当然、税も納めておりました。
　積極的に役人ともお付き合いさせていただいていたのですがね…」

迫害はこの言葉に尽きる。
そうでなければ人外横丁のような場所は生まれても居ないかもしれない。

「そこまでわかっているなら、挑む理由もお分かりでしょう」

改めてヒ首を、今度は礼のためではなく、戦うため…相手を殺すための構えを取る。

目を細め、腕を組み、致し方なしと納得して言葉にするモノの。

「何をおっしゃる。その仕込み杖が剣を使うつもりがあるという証拠。
　そして、裏の仕事ではまだ人を斬っているという噂もありますゆえに。」

人外横丁での泥棒犬は何でも屋…助け屋と呼ばれる、何でもを請け負う家業をしている。
もちろん表沙汰に出来ないような依頼は受けては居ないのだが…

裏の顔。
"根"を失った後、放浪し、生き倒れていた自分を助けてくれた貧乏長屋の管理人。
家鳴響は人外横丁の相談役であり、寅の会…許せぬ悪を裁く仕置きの会に繋がる人物であった。
彼女への恩もあり、また、決して忘れられぬ人斬りの罪を背負う限り、
誰かがやらねばならぬ殺しならばと寅の紋を受け取り、仕事となれば人を斬っている。

人外横丁の外で噂になるとは到底思えないのだが、恐らくはフタクチの仕業だろう。
泥棒犬を捕まえず泳がせて絶望させ、なお監視しを続け徹底的に自由を与えない。
彼らしいやり口だ。そして一揆のような表舞台に出ればこうやって絡まれる。
つまらないやり口ではあるが、こういうことが続くのかと思わせるには十分な話だ。



「何を考え込んでるんです？」

水平にヒ首を構え、首をやや外へ反らすようにこちらを見ているヒトツキ。
人外が、特に獣人が刃物を持つ理由はそう多くは無い。
自前の筋力、牙、爪があればどうとでも出来るというのが本来の人外の戦い方だ。

簡潔に言えば、


人が人を殺すために作った技を取り入れるために刃物を持つ


そういった人外は多い。
ヒトツキの修めている剣術とやらもそうみて間違いないだろう。
ヒ首はメインの武器でもあるが、やや反らした首はソレと合わせ噛み付きに来ると見ていい。

「仁道の剣である流派、曼珠沙華を見られるのでしたら剣でなくとも。
　人ならぬモノの仁の道。仁道の曼珠沙華。
　皆伝に36年掛かるといわれたモノを10年足らずで習得した泥棒犬。
　このような形で戦うことになるとは思ってもいやせんでした。」

ヒ首の曇りの無さは手入れが行き届いているだけではない。
殺しに使わず、盗賊として人を襲う時はその牙か爪を使ったはず。
ならば剣によって人斬りを犯した自らよりも汚れてはいないだろう。


「そこまでお見通しならば、もはや語る事はございやせん」


より低い体勢へと身をかがませると、すぐに戦いが始まる。


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言われてみればもう随分と進んできたものだ。
振り返れば同じ一揆に集うもの達の足跡が続いているし、まだまだ後からも来るのだろう。

着流しのヨゴレを払い、三人のところへ歩いて行く。
残るようなヨゴレが何一つないのがどれほど簡単にあしらったのかとハチは思うのであった。

聞かれたらまたボコボコにされそうなくだらないことを喋りつつ、今日の戦いと探索へと戻っていった。

というわけで、前衛に出てます。
火力がないなら標的になればいいじゃない！

小さく頭を下げると、ちょっと気まずそうに話題を変えます。

　　　　　　　ニヤリと笑い、壊れた鎧を修復していく