【日記】1日目　　

　庭園を進んでいくと、はるか先に人影が見えた。髪を肩の所でひとまとめにしている少女だ。軽装鎧を身にまとい、足取り軽く進んでゆく。
　　陽光症に悩んでいるとはいえ、この体の基礎能力は桁違いに高い。そこにこの忌まわしきダンピールの魔力を開放すると、常人にはありえない身体能力を発揮する。
　例えば、今、少女が話しかけようとしている黒い甲冑姿の禍々しさを彼女より先に感じ取るというような。

　彼女は人に会えた喜びからか、あまり警戒せずに話しかけた。
　彼の人は、この庭園には不釣り合いな、闇の如き黒き鎧に身を固めた戦士だった。こちらを振り向くと目を見開き、すぐにさも可笑しいと笑い始める。
　まずい。
　黒い鎧の戦士が分泌してるアドレナリンの匂いまで感じ取れる。
　体の中を巡る血液の動きすら感知するのがこのダンピールのダンピールたる所以だ。
　自然と疾走している自分がいた。
　しかし、遠い。
「足音を立てることもできるんだな」
と皮肉られたこの体は、全力疾走しても音を立てない。元々が闇に隠れ潜む種族故に。
　間に合うか？

　様子がおかしいと少女も気づいたようだがすでに遅く、彼女に狂気を孕んだ瞳を向けて、戦士は得物を手に力任せに殴ってきた。

　受け身はとれたものの、草むらに紛れた石であちこちに小さな擦傷が出来たようだ。わずかばかりの擦傷から滴る血の甘い匂い。
　少女が上体を起こした所で、戦士は得物を首筋に宛てて、警告を発した。

　気勢をあげて抵抗しようとしていた少女は、思わず言葉を失ったようだった。よりにもよって彼女は、現状敵対者たる者に、無防備にも近づいていたのだ。不注意にも程がある。……少し気を緩めすぎだろう。
　”沈黙の守護者”を展開。さらに自身の魔力を鎧に載せることによって本来の能力、重層甲冑でいながら音を立てない状態に移行する。
　間に合え！

　少女の一瞬の隙を見逃さず、罵声と同時に兵士は得物を大きく振りかぶる。




　硬質のものがぶつかり合う音が響く。
　鞘走った”不屈の刃”は、兵士の剣を受け止めていた。
　わざわざ首筋に当てていた刃を振りかぶるから隙ができる。
　兵士としてはたかが知れているな。

　エルフ？
　ナイス誤解。
　魔力を開放しつつ軽快なステップで剣を翻し、裂帛とともに兵士を大きく後退させると、ようやく少女の方に振り向く間ができる。

　うぃ、可愛い♪
　兵士ナイス邪魔者。
　色白でありながら健康そうな白い肌。
　大きな瞳と少し勝気そうな顔立ち。
　うん、美味しそうな血の匂いがしますよお。

　見惚れてしまっていたので、少女が立ち上がり、小刃を抜き構えるまで油断していた。
　あ、やっちまった。
　逃げそこねた。
　少女が武器を構え直したということは、これは兵士の準備が整ったということだね。
　少女が立ち上がったのを確認してから、前方の兵士の方に視線を送る。
　自身の不利を悟り、兵士が救援を叫ぶ。

　近くにいたらしく、もう一人、黒い鎧の兵士が駆けつけてくる。

逃げそこねた。
まあいい。せいぜい私が格好つける相手になってもらいましょうか。


※体調不良のため今回の日記はアイリスさんにご協力いただきました。本当にありがとうございました。