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（そっと。チキンレースに負けましたの、意。伏し。）

二ヶ月ほど前。
彼の力が呼んだ事件に巻き込まれた時の事を、思い出していた。

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「世界は神に選ばれし『邪気眼使い』によって統制されるべきなんだ！
　蒙昧な民衆には思い知らせなきゃならない！
　『力を持つ者』を『力を持たぬ者』が徒党を組んで虐げる、
　この腐った世の中を、正さなきゃあならないんだッ！」

『カノッサ機関』
先輩と対立する組織に属した男は、声高にそう言った。
踊る炎の中に響く哄笑は、狂気に満ちているようで、…何処か、苦しげだった。

「だというのに、あの男は……『カゼヨミ』は、
　『邪気眼使い』でありながら、俺たちの理想を邪魔しやがる！
　その先にあるのは、『バケモノ』と罵られ、
　守ろうとした者にさえ拒まれる未来だけなのに！」

憎悪の篭った瞳を見開いて、アイツに関わったのが悪い、と男はまた笑った。
恨むならアイツを恨めと。

アイツ、が先輩の事を指しているのだと直ぐにわかった。
当時、家族以外で自分の傍にいると自覚できている男性は、彼しかいなかった。
上がる火の手。じりじりと肌を焼く熱量。鮮かに移り踊る色。
これが、この人の言う、邪気眼使いの力。
──そして先輩は、これと、同じような力を持っているのかと。

先輩と出会った当初から、その内側に感じていた『何か』の正体。

恐怖を、感じないわけではなかった。
炎は衰える気配を見せず、自分がいる以外の建物も嬲り尽くしているように見えた。
その勢いは、命が消える力だと、嫌でも思い知らされる程のもので。

「あなたは、…辛かったの…？」

それでも毀れたのは、制止でも命乞いでも無かった。
力を持つもの、力を持たぬもの。そこから生まれる疎外を、孤独を、自分は知っていたから。
彼も、そうだったのかもしれないと。彼の声を聞いて、思ったから。

「辛くない訳があるか！　
　人と違う力があるだけで、周りからは奇異の目で見られ、危険視され、バケモノ扱いだ！！」　

「……だからあなたは……本当の、バケモノになるの？　」

自ら、そう呼ばれるに適当な存在に。
それで良いの、と、問わずには、いられなかった。
そうじゃないのにそうなるなんて、とても苦しい選択のように、思えたから。

「やめろ……やめろォッ！　俺をそんな目で見るな！　違う！！
　俺はバケモノなんかじゃあないッ！！　くそおおおおおッ！！」

「……拒むけれど、だって……貴方は、知ってる。
　あなたが今歩んでいる道は、そういう道だって……なのに、拒むの…？」

「これしか道が無かったんだ！
　人は誰だって、得体の知れない奴を恐れる！
　理解をしようと歩み寄るよりも、離れて石をぶつける方が簡単だからだ！
　バケモノが何をしたって、言葉を聞き入れてくれる奴なんていやしない！
　俺はこの２０年間、ずっと孤独だったんだ！！
　俺の手を取ってくれたのは、『機関』だけだったんだよッ！！」

男は、頭を振り、吼える。
拘束された腕を、足を。捩って、這った。
酷く痛がるような声を上げる、彼の傍に、行きたくて。
気付いてしまった。
他の手が、道があったら、男はそれを掴めていたという事。
そしてそれは、もう叶わない事なのだと。

少しだけ、涙が零れた。

自分が手を伸ばしたら掴むか、というもしもの問に、男は首を振った。けれどもし、やり直せるなら。先に出会

えてたなら、何か、変わっていたかもしれないと。

その、静かに諦めを含んだような声は、
耳を劈くような哄笑や叫びよりも、ずっとずっと、耳に残った。

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「こんなことに巻き込んでしまって、本当にすまない
　……見ての通りだ。俺の眼は呪われてる。だから、もう俺の手ではお前を触れない」

私が抱いている怯えに、気付いてしまったのだと思う。
拘束を解き、安全な場所に自分を下ろしながら、先輩はそう言った。目を逸らされる。
恐怖した自分を、心の内で罵った。
そういう目で見られる辛さを、自分は知っていたのに。
そう言う意味じゃない。そんな顔をさせたいわけじゃ、なかったのに。

「あなたが私に触れたら……その呪いは……私にうつるの？」

違うと。責めなくても良いと。これからも変わらないと。
ただ伝えたくて、手を伸ばした。

「あなたが呪いと呼ぶ力があったから……私は今、生きているのではないの？
　この事態を引き寄せたのが、その力のせいだったとしても……
　私が巻き込まれたのは……あなたの意思じゃない」

「……だから、先輩。　そんな顔を、しないで
　私が責める以上に……自分自身を、責めないであげて」


祈るように伝えた言葉を、彼は受け止めてくれた。
彼は、とても真っ直ぐな人だと思う。
炎の彼のように、歪む事なく、だからこそ何度も、何かに立ち向かい続けて。
拉げさせてしまいたくないと、思った。
寂しく薄暗い道を、歩ませずに済むように、手を伸ばしていたいと。

ずっと。かつて彼が、私にそうしてくれたように。

https://dl.dropboxusercontent.com/u/81128318/makotouka_Bnc00001.mp3

（掛け合い音声のお相手は、ENo.547の柊魔異PLさま、です。ありがとうございます。）

ため息をひとつ、ついて。

ふと目に入ったソルトの人形に、釘付になった。

2013/0X/XX 14:02
From 柊　魔異
To 有城　冬花

驚い……てるのか？
いつもの眠そうな表情が目に浮かぶようだが。

迷子？　道案内？
よく分からないが、その人には迷惑をかけないようにするんだぞ。

別に信じなくてもいいが、俺は今、どうやら『メルンテーゼ』というところにいるらしい。
それは地球のどこにも無い、別の世界だという。
スケールは違うが、迷子のようなものであることは間違いない。

何かあったら、また連絡する。
お前も、迷子になるのはいいが遅くなる前にちゃんと帰るんだぞ。

再び現れたマッスルポテト。否。娘の目にはもう食材にしか見えていない。
何処か嬉しげな声で、笑う。

じいと、じいと視線は一点。ムキムキなええ笑顔のポテトに。

食材扱いには、慣れたようだった。

ぐ、と小さく掌を握る。

娘はいつもの笑顔でポテトサラダを差し出した。
材料は、推して知るべし。