「最近、調子いいんじゃないか？」

　リアスにそう問われたのは、夕暮れの平原で今日も野営の支度をしているところだった。
　アムルイは本日の成果である狼の毛皮を延々と叩きながら、

「そうかな？　私はいつも通りだけど」

「っていうか手を止めろ！　まだ血とか飛んでるし！？」

　これは失敬、と毛皮を叩く手を止める。
　しかし毛皮をなめすのは早い方がいいし、一度始めたらそのまま最後までやり切った方がいい。
　途中で止めてしまうと変な癖が付いたり、仕上がりが均一ではなくなってしまうのだ。
　だからつい、叩かなければいいよね、と毛皮を手で圧迫してみたりするが、

「いやバレてるバレてる。なんか汁とか漏れてるし。
　はいそこ、『てへっ☆』って感じで笑うんじゃない！」

「はーい。話戻すけど、私の調子はいつも通りだと思うよ？
　この群れでの動き方に慣れてきた、って部分はあると思うけど」

「む、群れかぁ……」

　何故かリアスは頬を引きつらせて笑うが、群れという表現に何かまずいものがあったのだろうか。
　ともあれ、アムルイ自身の認識は本当にそんなものだ。
　特別、何かが変わったわけではない。
　当たり前のように皆と接し、当たり前のように影響を受けて来た。
　それこそが彼女にとってのいつも通りなのだから、特別に意識している変化などない。
　リアスも少し考え込んでいたようだが、やがて納得したように口を開いた。

「まあ気負ったりしているわけじゃなく、それがいつもの調子なら言うことはないね」

「頑張らなきゃいけないところもあるけど、ね。
　あ、ところでリアス、これ食べる？」

　と、アムルイは手元にあった“それ”をリアスに投げる。

「なに——ぬるっとしたァ！？　何だコレ！？」

「レバ刺し」

「ンなもん投げんなァァァァァ！　——ってか、何のレバ刺しだ！？」

「ん」

　と、アムルイは手元の毛皮を指差す。

「栄養たっぷりだよ？」

「あ、ああ、確かに肉食動物のレバーには豊富なビタミン類が含まれ——問題そこじゃねぇよ！
　さっき仕留めたキラーウルフかこれ！」

「仕留めてすぐじゃないと、生で食べるの危ないし……」

「だから問題そこじゃねぇよ！？」

　激しく叫ぶリアス。だがアムルイの部族では、レバ刺しと言えばご馳走の部類だ。
　それも狩りに出て、獲物を仕留められた者だけが口にできる、最高のご馳走なのだ。
　味も栄養も申し分なく、名誉までおまけで付いてくる。
　これの何が気に入らないのだろうと不思議に思い、アムルイは気付く。

「あ、ご、ごめんね？　臭い苦手だった？」

「え、結論そこ！？」

「待ってて。匂い消しの香草、持って来たのがあるから」

　そう言ってアムルイは、腰元の道具袋から一束の香草を取り出す。
　長期保存できるようによく乾燥させており、手揉みでも程よくバラバラになるだろう。
　食べるものに困った時は、これを使えば大抵のものは食べられるようになる。
　どちらかと言えば調理用ではなく、非常食的なものだ。
　そのため集落を出てからまだ使っていないが、使わなかった理由は他にもある。

「でもこれ、私あんまり好きじゃないんだよね……」

「匂いがキツイのか？」

「そうでもないけど、これ食べると目が回るんだよね」

「あー。お祭りの時なんかにも使ったりする？」

「わ。よく知ってるね！」

「なるほど。私は今、異文化交流の恐ろしさを垣間見たよ」

　え？　とアムルイは首を傾げるが、リアスはそれ以上、何も言わなかった。
　だからアムルイは自分で考える。
　そもそもリアスは、異世界の出身者ではなかったか。
　根底にある文化や常識が自分達とは大きく違い、そのことに悩み、苦しんで来たのかもしれない。
　先ほどの香草にしてもそうだ。
　リアスは「お祭りの時なんかにも使ったりする？」と問うた。
　ひょっとするとリアスの世界では、香草は特別なものなのかもしれない。
　そう、きっとそうだ。
　だからアムルイは、

「分かったよ、リアス」

「……本当に？」

「遠慮しないで。葉っぱが欲しくて欲しくて、たまらないんだよね？」

「アウトォォォォ！！　燃やせ、そんなの燃やしてしまえ！」

「煙が吸いたいの？」

「お前分かってて言ってるだろ！？」

　と言われても、アムルイとしては考えた結果がこれである。
　自分はまだまだ分かっていないんだな、と自覚して彼女は答える。

「で——食べるの？」

「食べるかァァァァァ！！」

　夕暮れの平原に、リアスのツッコミはいつまでも冴えていた————。