「ニコレット」

提案をしたのは平原の狼たちを退け、一息ついた後。

「ラルフたちからもらった石を使ってもいい？」

---

この戦いでも、私の能力は役に立てたか怪しかった。
此方よりも多い徒党を組んで襲ってきたあれらの戦意を削ぎ、逃げ出させるころには、私たちは無事と言える状態ではなかった。
この間の様に、誰かが倒れることこそなかったが、それぞれが少なくない傷を負っている。
これが「回復術者」のいる集団の姿？
違う。絶対に、違う。
言い訳だと解っていて、それでも言うなら。
クライスと結んで日の浅い私は、その力を引き出しきれていない。
まだ、これからなのだ。

かといって、「いつか」を待っているだけじゃ、いけない。
私にできることを探して、やっていく。

そうして思いついたのが、『これ』だ

この世界とクヴェレやセルフォは魔法の仕組みが違う、
だから陣の展開を補助する発動鍵は、意味を持たない。
けれども、かの世界でのように、この世界の物質もそれぞれに力を宿しているのなら。
それを引き出した「もの」を作ることは、不可能じゃないはず。

彼らは、使われる時を待っている。
ただのものして放られた彼らに、容を与えるのが私たち。

今も着ている上着の内に仕込んでいた相方の姿を確認する。
これなら大抵のものは何とかできるはず。
簡易の作業台を拵え、私は手元の鉱石——ラルフから託されたからラルフ鉱、仮称とは言え安直すぎるが、誰もこの石の名前を知らなかったから——を乗せる。
魔法の回路を埋める必要もない。潜在的な可能性を引き上げる。
見えないところで『見える』線をなぞり削り切り落とし捏ね回す。

両手でそっと包み込む。
徐々に力を加える。
わたし
温度 を浸みこませる。

さあ、その容を見せて
ここに、生まれて。

私を、役に立たせｔ——


---


パぁン！


破裂音。地面に叩きつけられた。
襲ったのは痛みではなく、困惑ではなく、恐怖。

どうして、弾かれた？
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして

「——失敗だな」

もう一度試そうと手を伸ばしたところで声が降ってきた。見上げればレンツォさん。
顔を挙げなければよかった。
その眼には微かな期待の残り滓と、

失望


いや、いやあ
いやああああああああああ

「ちが、失敗なんかじゃ……！！」

否定しようと口が動くが、鉱石に何も起きなかったのは事実。
事実、
避け様もない、事実。　　　　　　　　　　そう
解っている、気付いている、それでも失敗だと言われたくなかった。
唇をかんで、俯く。
言葉を探すように、地面を見る。右、左、また右。当然、何もない。ただの地面。

握り直した鉱石をするりと取られた。
あ、と。目で追いかける。
レンツォさんは石を見ているばかりで、私をちらりとも見ない。
ただ、言葉だけが投げられる。

「俺はお前に『出来るか？』と尋ねた。それにお前は答えた……これが、その結果か」

結果なんだ。
どれ程課程があっても、必要なのは結果なんだ。
私は、嘘をついてしまったことになる。
なにか言わなくちゃ。
心が空回りして、口を開いても何も出てこない。
行き場を失った手は、上着をきつく、握りしめる。

「俺の言葉に応えられる奴は好きだ。応えられない奴は嫌いだ。だが、それ以上に……」

レンツォさんが手の平を傾けた。鉱石が地面に落ちる、石とぶつかる冷たい音。

彼の声は冷たくない。淡々と、淡々と。

「俺を欺くものなど、そんな奴は『必要ない』」

当然のことを、当然のように。


置いて行かれる。この世界でも私はいらないものになってしまうの？
こんな体じゃきっとクヴェレネヒテにも帰れない。
私はどこにも行けないの？夢の中みたいに追われては殺されるだけなの？
嫌だ、頑張るから。私がもっとちゃんとしていたら『ああ』はならないんでしょ？
どんなことえおしたっていい、私は、私として、生きていたい——！

「——っ！」

「あ、ざ、むく。嘘、」
「嘘じゃ、ないです！」

そんなつもりはなかったのに。
喉が熱い。泣いてしまいそう。呼吸が早くなる。息が詰まる。
母と離される子どもと、再度俯いた私。どっちが酷い顔をしているだろう。

「ごめんなさい、置いていかないでくださいこっちを見てください呆れないでくださいそんな目で私を見ないでくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
——捨てないでください」

「なら」

遮る言葉、腕が閃けば、槍がするりと動いて、
女の顎先にあてられたかと思えば、持ち上げる。

「お前が、今するべきことをしろ。二度は言わせるな」

無理遣り視界を定められる。
しかしその焦点は合わない。
虚ろに揺れて、震えている。
それでも、深い金の瞳に光は映る。
光の反射かも知れない。もしかすると、意志かもしれない。
ただ、

「わかり……まし、た」

応える声は震えていない。

まだ、まだ。捨てられない。
何があっても、『やり遂げないと』



***

（Eno.791のレンツォさんとリンクしています。）

聞いたことのない言葉だ。きっと彼女に関わりのある言葉なのだろう。
でも私は、それに答えられるだめの知識を持ってはいなくて。
だからただ俯いて、ばつが悪そうにそう答えることしかできなかった。

怯えるシセの表情が見える。ああ、そうか。
この子は、『こういうもの』は苦手なのか。

私は急いで太腿のホルスターに『ブルート』を仕舞う。
……でも、それで彼女が落ち着いてくれるとはとても思えない。
どうしよう。こういうときには、どうすれば良いんだっけ。

きっと嘘をついてもどうにもならないと思ったから。
私は、『ブルート』の性質を、彼女に伝えた。

サンドは否定も肯定もせず、やや首を傾げてシセの方をじっと見つめている。
ニコレットは抱いていたサンドを地に降ろし、再びシセのほうへ視線を向ける。

いつのまにかサンドはシセの足元まで歩み寄っており、
やはりシセをじぃーっと見つめていた。