某月某日　曇り、時々小雨。クライネ

長らく私とリッツェンの二人旅でしたが、先日、旅のお供が増えました。


その日は小雨の降る、少し肌寒い日。
リッツェンはお宿でごろごろ、仕方がないので私一人でお買い物に出かけました。
町外れの閑静な並木で、その方と出会いました。

木の根元、芝生の特にふかふかした所に、白い狐さんが横になっていらっしゃいました。
よく手入れのされた毛並みは、しかし泥と雨に濡れていました。
私がその顔を覗きこむと、狐さんはゆっくりと顔を上げます。

少女のような可愛らしい声で、しかし獣のような警戒心に満ち満ちた声で、狐さんは言います。
動物さんなので表情の変化はよくわかりませんが、その時は顔をしかめたように見えました。
去れ無礼者、と力なく言い捨てると、狐さんはまた、自らの尻尾に包まってしまいました。

けれど私は何だか気になって、その場を去れずにいました。
ほんの数分。私は狐さんの隣に腰掛けて雨が降るのを眺めていました。
狐さんは、もう私に話しかけてくることはありませんでした。
そうして暫く経った時、ふと狐さんを見ると、その胸が大きく上下しています。
心なしか、その表情も苦しそうなような、そんな気がしました。

狐さんは返事をしません。

狐さんは牙を剥き、激しい言葉で威嚇しましたがその口調には力がなく、私が触れるのもなすがままといった様子です。
狐さんの毛並みを出来るだけ優しくかき分けると、その白い毛並みが、赤色に染まっているところがありました。
どうやら、前足を怪我しているようでした。

狐さんの前足に、そっと手をかざします。ほわほわとした淡い光が、狐さんの傷口に集まりました。
リッツェンと契約した時に使えるようになった、治癒の魔法です。
とは言っても致命傷は治せませんし、時間もかかるので実戦では全く使えないものですが。

少しずつ、少しずつ傷が塞がって、数分後には、狐さんは自力で起き上がることができました。
自分の前足を眺めながら、随分と驚いた表情です。

ぶつぶつとひとりごとを言っていたかと思うと、ふいに顔を上げ、私の顔を真っ直ぐに見つめてきました。
改めて見るその瞳は、琥珀のような金色でした。

狐さんの真面目な言葉は、くしゃみで遮られてしまいました。
気温が低かった上に濡れていたのですから、無理もありません。
着ていた上着を、狐さんに被せてあげました。
寒さでふるふると震えながら言葉を続けようとしますが、上手くいかない様子です。

バスケットの中身を漁って、先程買ってきたパンを一つ取り出しました。
焼きたてを購入したので、まだほんのりと温かさが残っています。

狐さんに差し出すと、狐さんは前足で器用にそれを受け取りました。
混乱した様子で、パンと私の顔を交互に見比べます。

戸惑っていたようですが、食欲が勝ったのか、狐さんはパンを一気に平らげました。

そうして震えの止まった狐さんが、再び私を見上げます。

そう言って、深々と頭を下げました。

腕っ節には自信があるのじゃ、と胸を張る狐さん。
遠慮したのですが、狐さんは頑として聞きません。
最終的には私が折れて、お言葉に甘えることになりました。
リッツェンも十二分に強いのですが、狐さんも居てくれるのなら、更に頼もしい事でしょう。

そこまで言って、狐さんは言葉を切りました。
少しの間の後、首をかしげてみせます。

こうして、不思議な狐さんも仲間に加わったのでした。

また一段と、楽しい旅路になりそうでわくわくします。