蝉の鳴き声が、遮蔽された空間にも通り抜けて鼓膜を叩く。
そのジワジワと聞こえる鳴き声は暑さを想起させて無視を敢行する為の器官すら麻痺させる。


洗濯の為に(構造上の)屋上に出れば燦々と照らす太陽が憎い。

買い物の為に屋外に出れば、煌々と地面を加熱する太陽が憎い。

掃除の為に通路に入れば、換気すら間に合わない旱乾照りの太陽が憎い。


それでも、ただ只管にあくせくと自主的な「お仕事」をこなすリレッタ。
なにより彼女のやることは晴れであるほうが良いのだから。

そう、そこに弱音を吐く姿は無い。　　　ないのだが……————

下手をすると眩暈すら呼び起こす猛暑に辟易としていたことは確かだった。

そんな暑さの中、心の中に愚痴を投げながらも昼頃には一段落付いていた。
いつもの通り、やることを終えた分だけ今日もメモ帖に横線を引っ張っていく。

メモを団扇代わりに、少しでも涼を取りながら思考を回していく。

と、今日何百回目かの”暑い”コールをしたところで先日のフライバイの言葉をふと思い出す。

実の所、リレッタは海を知らない。
知識的なことで「海とは何か？」と問われるのであれば答えることはできるけれど、
彼女は元々内陸地に住む農民の娘だ。行商人と共に何処かへ行く事も無く、旅行として家を長期空けることも無かった。

ただ、昔見た旅人が村の水源地である対岸すら見通せない巨大な湖、ヴォレア湖を見て
「まるで海みたいな湖だなぁ」　と呟いていたから、「そんなものか。」といった感覚はあるのだけれど。

水着は、ある。何歳ぐらいの事か、同年代の子達が湖で泳ぐのを見て親にねだって買ってもらった。
その結果、自分に泳ぎの才能が無いことはとてもよく解る結果にはなったが。


（まだ、あれ着れたかな……。）



—お風呂場にて—

買いなおしました。

—買い物終了後の一時—

フライバイは上機嫌に撫でて貰っている、でれでれとまとわりついている。
何か会話をしてもらうたびに嬉しそうにはねている。

雑談をしながら、街へ後数歩という所—

リレッタの言外の意味を理解しているのかいないのか、
フライバイは特に変わる様子もない。

あなたが眼鏡の女と歩く樹に話しかけると、
二人は不思議そうな顔をして立ち止まった。

眼鏡の女は平原の方向を指さした。

警告を聞かされただけの、鎧の人物を思い出して、なにげなく聞いておきます。

アムルはため息一つ。
ノノは楽しそうにパタパタと浮いてリレッタさんに向き直ります。

連れて行っていいかと聞かれると、アムルは真面目な顔で了承します。

なにかひどい経験があったようです。

こうして、リレッタさんに連れられていったノノ。
話しかけられると喜んでなんでも答えて、スキあればカレーの話をリレッタさんにしてきます。

頭の中にあるのはカレーのみ。
全ての事象をいったんカレーにたとえて会話するのがノノです。

そんな、無邪気をこえて完全にアホの子であるノノは、リレッタさんの豹変もどこふく風。

ですが＼ファサァ／と布をかけると＼スヤァ／と眠ります。

ナベに蓋を載せたときみたいな感じです。

「ただ冬を考えると温かい湯の方がいいかなー」
なんて軽口を返しつつ。

責任重大…という言葉とは裏腹にカラカラと笑いかける。
少なからず湯には自信があるようだ。

嘘は言っていない。インディストラとメルンテーゼの一般的な往来方法は渡航である。

一瞬の変化には違和感を少しだけ覚えたようだが、気のせいだと割り切ったようだ。

むしろこちらが本業である。欲しい物を挙げてくれれば彼女の目は嬉々として輝きだした。
どこからともなく薄っぺらく硬そうな黒い板──タブレットを取り出すと、そこに向かって一言二言会話を始める。

単に自分の会社の転送技術を自慢したいだけ、とも取れる。
手短にタブレットに会話を済ませると、すぐに片付けてしまった。少し待っていれば届く……らしい。

何やら男性と思しき名前が出てきた。その人物の名前を呼ぶだけでも嬉しそうに２本の尻尾が揺れ動いて恥ずかしそうにしている。

直ぐにペドロの下へと駆け寄った。

——リレッタの周囲を赤いエンブリオが駆け回る……。