※続きものですので、先にブラック(ENo.1596)の日記を読むことをお勧めします。
http://ikki.x0.com/r/k/k1596.html#DIARY






数刻後。


「お前なぁ、くくく…そうなる前に呼べっての。ギャハハ！！」

笑い転げるジャックの前で、ブラックは酷い渋面を浮かべる。
…が、その目は真っ赤に充血してうっすらと涙が滲み、更にはぐずぐずと鼻を鳴らして、
極めつけには先程から何度もくしゃみを繰り返しているので、全くもって格好がつかない。

「…うるさいな。こんなひどいと思わなかったんだよ」

恨めしそうにジャックを睨みつける間にも、小さくまたくしゃみをひとつ。
…ハウスダストの猛攻は、ブラックに容赦なく襲いかかったらしい。
ジャックはひとしきり笑ったあと、「大変だなぁ」と他人事のような感想を述べると、
汲んできた水を撒き、鼻歌交じりにデッキブラシで床を擦り始めた。


「なぁなぁ、ブラック。ミニバー置こうぜミニバー！ リビングにな！」

「そうそう、それから風呂の水なんかも出るか確認しねぇとだよな。忘れるとこだったぜ」

「あ！ベッドはすっげーでかいのにしようぜ！ 狭いと足がはみ出すんだよなー俺」

「あとアレだ。お前本読むの好きだろ。ドーンとよ、本棚でも置こうぜ！」


掃除の手を動かす間にも、ジャックのはしゃぐ声は途切れない。
くるくると表情を変えては楽しげに家の改造計画を語る様に、ブラックは呆れた表情を浮かべた。

「あのな、お前はここに定住する気か？ 違うだろ？ どうせ長くは住まないんだぜ。
手放すって分かってる家に、そんなにあれこれ物を詰め込んでどうするんだ」

考えがまるで分からないといったように、ぴしゃりと言い放つ。
その言葉に、先程までうるさい程にはしゃいでいたジャックは 少しばかり考える仕草を見せた。


「んーー… お前の言い分は分からないでもねぇんだけどよ」


ガシガシと頭を掻いて、普段は滅多に見せないような、
ほんの少し戸惑うような、妙にはにかんだような笑みを浮かべる。

「…まぁ、なんつーの。こう、自分の家っつーのがな。
すげぇ久しぶりだからよ。つい、ちっとばかし、浮かれっちまって」

視線を下に落とし、更に珍しく感慨深げな表情を覗かせる。
手持ち無沙汰なのか、ブラシを手の中で弄びながら言葉を選ぶようにして、口を開く。

「まともな家に住むなんてのは、ガキの頃以来でな。 まぁ…いい事ばかりじゃなかったが。
それでもやっぱ、家はいいもんだぜ。 一人じゃねぇ家はよ。
……ま、一緒に住むのがお前だってのもあるけど」

そう言ってニカッと照れ臭そうに笑うジャックに、
しかしブラックは相変わらず淡々とした反応を返す。

「…俺にはよく分からないな。無駄なものだ、そんなものは」
「マジかよ。お前分かってねーな」
「何をだよ」
「……よーし。お前ちょっとそこからよ、1度出て入ってきてみ」

そう言ってジャックは顎をしゃくって、開け放っている扉を示した。
それに対してブラックはますます呆れたといった風に頭を振る。

「俺がそれをやるメリットは何だ？ そんなことより掃除を終わらせよう」
「うっせーな。いーから早くしろって」

不満げなブラックの背中を少しばかり小突き、ジャックは早く外へ出ろと急かす。
ブラックはやれやれと小さくため息を吐くと、いつにも増して緩慢な動きで外へと出た。
そうして一度扉を閉め、またも面倒くさそうに扉を開ける。

と、その先で待っていたのは──






「オカエリ」






という思いがけない言葉 と、満面の笑みを浮かべた相棒の姿で。


意表を突かれてきょとんとするブラックに、「なんてな」とジャックはおどけてみせる。



「どーだ。案外悪くねぇだろ？」
「…………うーん」

暫く何かを考えるようにしていたブラックだったが、
やがてふっと笑みを浮かべると、降参とばかりに両手を挙げて見せた。


「オッケーオッケー。解った、かも。
……そうだな、案外悪くないよな。こういうのも」


それを聞いたジャックは「分かりゃいいんだよ！」と満足げに笑う。


「…よし、そうと決まれば徹底的に、だ。 最高に快適な俺たちの城を作ろう」
「イッエーーーーイ！！」

ブラックの号令にジャックが歓声を上げる。
そうして互いに顔を合わせると、どちらからともなくニッと笑った。

「よし、次はキッチンの掃除をやるぞ」
「ハッハァ！ここァ最高の喰い場じゃねぇか！！」
「料理は俺に任せとけ。毎日美味いもの作ってやるから」
「よっしゃ！お前の飯美味いからなー！ …あー、でも魚は一人で捌けよな」
「何言ってんだ。働かざる者食うべからずって言うだろ。それはお前の仕事」
「なんでだよ！」

ふざけあう笑い声とバタバタと騒がしい足音とが、賑やかに響き渡る。




── こうして穏やかに時間が過ぎる日常の裏で
ネクターを巡る陰謀が密やかに、だが確実に加速している事を
二人は未だ、知る由もなかった。

前を行く三人の後ろを息を切らしながら歩いている
その背には随分と大げさな荷物が乗っており、足元はかなりふらついているようだ

大男の隣に並ぶチセの後ろ姿を不安げに見つめる
声をかけようにも荷物と疲労が邪魔して、アールはただ肩を上下させるしかできない

荷物等を持たされヘロヘロになっているアールの姿をみとめたらしい。

顔を覗き込みながら、チセに小さくウインクを送る。
そうして後ろを振り返り、アールに向かって声を飛ばした。

「容赦しないけど」
その言葉に少女は戦慄を覚え嫌な汗が背中を流れる

とっさに手を振り払おうと試みるも
あっさりとふた振りのショーテルが奪われたことに少女は驚きを隠せない

そして途端に担ぎ上げられ空を舞う感覚

必死に手足をバタつかせて抵抗するも男二人には及ばず連行される

しかし二人のては緩むことはなく、抱え続けられる

半分泣きながらも必死に声をあげる少女
その声は悲痛に響きわたっていた

部屋の入口からひょっこりとブラックが顔を出す。

…余程機嫌が良いのだろうか。
この男にしては実に珍しく 話している間も嬉しくてたまらないといった様子で、
ニコニコと笑う顔も普段のすました風でなく、微かに頬が紅潮しているのが見て取れる。

誇らしげに前に出されたその手には、
見るからによく冷えたビールの黒いボトルが握られていた。

突然怒号をあげると、アールは抱えていた鉄鍋とダンベルその他もろもろを敵に向かって投げつけた！

少女はソワソワしている。