『オシオキ』と称した殴り込みからしばらく経ったある日——



寝泊りしているホテルの一室で、ブラックとジャックはカードゲームに興じていた。
互いの持つカードを交互に抜き取っていくオールド・メイド……所謂ババ抜きだ。

「…ところで、ちょっと話があるんだけど」
「言ってみろ」

適当な返事をしながら、ジャックはブラックの持札からカードを引き抜く。
ちょうど目当てのものだったらしく、手持ちの物とペアになったカードは
「よっしゃ」という呟きと共に放り投げられた。

「俺たち、この間暴れただろ？ 結構派手にさ」
「そうだな、派手だった。何だっけかあいつら。貴族にマフィアに…」

会話を交わす間にも、カードを交互に引いては捨て、引いては捨て。
一貫して表情を崩さないポーカーフェイスのブラックに対し、
一方のジャックは顔をほころばせたり唇を尖らせたりと忙しない。

「…で、だ。今まで通りのホテル生活だと、近いうち確実に足がつくだろ？」
「……あー、そうだろな。ああいうヤツらはしつけーから」

めんどくせー、とジャックは椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰いだ。
その手に残る二枚のカードの上にブラックは指を滑らせ、迷いなくスっと一枚を抜き取る。
するとその瞬間、ジャックは勢いよく身体を起こして「ああ！！」と大声を上げた。

「はい、俺の勝ち」

涼やかな笑顔で手に持ったカードを放る。
ジャックは手に残ってしまったジョーカーを忌々しげに睨むと、またも背もたれへと身体を預けた。

「あー……で、何の話だったっけ…」

やはり会話の内容など殆ど頭に入っていなかったのだろう、
改めてそう尋ねるジャックに、ブラックはカードを片付けながら器用に肩を竦めてみせた。

「だからさ。これ以上COMPで生活するのはやめとこうって話」
「つまんねー仕返しやらもめんどくせぇしなあ」
「そうそう。…それにほら、この先また『オシオキ』をしなきゃならない場面がないとも限らない訳だし？」

含みを持たせた物言いでにこり、とひとつ笑ってみせれば、
それに合わせてジャックもニヤリと笑う。
…が、それはすぐに不満げな表情に取って変わった。

「オシオキすんはいいとしてよぉ。そんじゃあ、これからどこで寝るんだよ」
「そう…悩ましいのはそこなんだよな。別の宿…じゃ大した違いもないだろうし」

互いにうーんと首を傾げる。

そして今度は同時に「あっ」と声を上げた。





「「そうだ 家買おう」」

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——それから数日後。

二人は街の外れにある一軒の家の前に立っていた。
大きな木の根元に佇む、隠れ家のような家である。
外観は古びてはいるが、造りはしっかりとしていそうだ。


「……ま、こいつは予想通りだな」

扉を開いて中を覗けば、予想通り大量の埃や蜘蛛の巣が二人を出迎えた。
ジャックは目を輝かせて大股で中へ入って行き、対するブラックはやや躊躇するように後に続く。
空家になって大分経つのだろう。誰かが手入れしている様子は全くと言っていいほど無く、
外に生い茂る雑草や背の高くなった花々、放置されている家畜小屋等からも
生活の空気から離れて久しい、そんな様子が伺えた。

「へぇ。埃まみれだけど中は案外いいじゃねぇか。なぁ、ブラック！
あん時回収した資金がすぐ役立ったな！ あっはっは！」

ジャックがひょこひょこと室内を眺めて回るたび、足元に積もった埃が大量に舞い上がり
ブラックはそれに幾度も咳き込んで口元を抑えた。
——なお『回収した資金』とは、前回の殴り込みの去り際
ちゃっかり拾い集めてきたカジノの売上金である。

「…ああ、そうだな。確かに穴場と聞いてはいたけど、これは……すごいな」
「なー！さっさと片付けて俺たちの城を作ろうぜ！！」

"俺がすごいと言ったのはそういう事じゃない──"
思わずそんな言葉が口をついて出そうになるが、キラキラと目を輝かせる相棒の手前、
嫌味はぐっと飲み込んでおく。

「よしきた。どうせやるなら徹底的に、だ。しっかり働けよ」
「ハッハァ！　お坊ちゃんに出来るンかねぇ、この大仕事がよぉ」
「俺を侮るなよ？ 大体、普段の掃除は誰がしてるんだっけな？」
「あーあー！俺、水汲んでくる！！」

言うや否や、ジャックはトレードマークの赤いジャケットをばさりと脱ぎ捨てると
笑い声を上げながら 外にある井戸へと駆け出した。
落ち着きがないのはいつものことだ。ブラックは苦笑混じりの表情で、ひらひらと手を振り見送る。

そうして口元と頭を布で覆い、手には箒を携えて、改めて埃の降り積もる部屋の中を眺めた。
……その様たるや 雪原に佇む兵の如し。

「…ま、俺にかかればこれぐらい どうってことはないさ」


そう独りごちると、ブラックは改めて服の袖を捲り上げ、戦場への一歩を踏み出した。





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　ジャック(ENo.1597)の日記に続きます。
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前を行く三人の後ろを息を切らしながら歩いている
その背には随分と大げさな荷物が乗っており、足元はかなりふらついているようだ

大男の隣に並ぶチセの後ろ姿を不安げに見つめる
声をかけようにも荷物と疲労が邪魔して、アールはただ肩を上下させるしかできない

荷物等を持たされヘロヘロになっているアールの姿をみとめたらしい。

顔を覗き込みながら、チセに小さくウインクを送る。
そうして後ろを振り返り、アールに向かって声を飛ばした。

黒髪の優男にそう言われれば、暗い声と面持ちでぼそぼそと返す

目の前でチセに絡む大男を顎で指すと、チセの体に伸ばされる手を虫唾が走るとでも言うように、顔を険しくして見ている

それは突然の事故であった。青年にとっては、珍しく迂闊な出来事だっただろう。

目の前では、今しがた青年に突撃してきた少女がしりもちをついていた。少女のまわりには野菜や日常品の数々と、１枚の大きな紙袋が散らばっている。

どうも石造りの道に躓いたらしく、少女は荷物ごと目の前を歩いていた青年にぶつかったらしい。背の高い紙袋も少女の視界を悪くさせていた。くらくらと目が回る頭を奮い立たせるように首を振って、少女は真っ先に青年に詫びた。

青年はどんな体勢でいただろうか。少女の目が捉えた青年の服には、柔らかな果物がべったりとついていた。ぶつかった拍子に潰れた果物からは甘い汁がつたい、青年の服にシミを作る。

少女は目を丸くし、青ざめたかと思うと、キリリと表情を引き締めて続けた。

青年の返答を待たず、少女はおもむろに青年の服を引きはがし、「すぐに戻りますわ！！！」と言い残して竜巻のように去っていった。名前も告げずに駆け出した少女が戻る頃、果たして青年はそのままの場所にいるのだろうか…。

突然怒号をあげると、アールは抱えていた鉄鍋とダンベルその他もろもろを敵に向かって投げつけた！

少女はソワソワしている。