帯電少女シヴと出会い、独唱（ソロ）が二重唱（デュエット）になった。
奏でる歌声は、多ければ多いほど味が深まるもの。
けれども、完璧な調和（ハーモニー）には深い信頼が必要になる。
何度か遠回しに聞いてみたけれど、彼女が具体的に「何をされた」のか、聞くことはできなかった。

アタシは、そこに彼女が避ける何らかの傷跡があると睨んでいる。
それを聞き出せるほどに信頼を築くことができれば、新しい苦痛の形が見出せるかもしれない。
とは言え、時間はたっぷりあるし、焦ることはないのだけれど。

アタシは歌う、鎖の歌を。
昔から伝わる、アタシの大好きな歌を。

手を繋いだまま、シヴが問いかける。
どうやら、興味を持ってくれたみたい。
アタシは唇の端を吊り上げて、歌の内容を語る。

子供騙しだとは思うけれど、アタシはこの歌が好き。
きっとそのお化けも、アタシと同じなんじゃないかって思えるから。
アタシも、鎖が好きだから。

そんな内容……と語り終える頃には、シヴは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。
案外、怖い話が苦手なのかもしれない。
やっぱり乱暴な口調は拒絶の信号で、中身は純真な女の子そのもの？
もしそうだったら、とてもかわいいのに。

それはない、筈。
だけど、向こうから聞こえてくる音にはアタシもとっくに気付いていた。
アタシの歌に合わせるように、不気味さと恐怖感を煽り、織り交ぜる演奏。

私は首を振って否定する。

すると、木陰から一つの影が姿を現した。
寝巻きのような衣装に、竪琴のようなものを持っている。
長い金髪を三つ編みにした、眠たげな表情の女の子。

ぺこり、と少女は無言で一礼。
恐らく、アタシに対する返答だろう。

シヴは突然の出会いに、まごついている様子。
何を言えばいいのかわからないみたい。

アタシも、敬意を表して恭しく礼をしよう。

彼女は、そう答えた。
稚拙とは言え、恐怖に満ちた歌を「素敵」だと。
シヴのような反応をしてもおかしくないのに。
彼女の心拍数や呼吸に変化はない。
つまり、本気でそう言っている。

アタシは、少しだけ探りを入れてみた。

アタシは、笑みが零れそうになるのをぐっと堪えた。
もしかしたら、彼女もアタシと同じかもしれない。
シヴのときとはまた違った、同胞に出会えた喜びが胸に広がりつつあった。

アタシはもう少し慎重に、彼女がどんな人物かを見極めようとした。

もう、我慢できそうになかった。
彼女は、間違いなくアタシと同じ側の人間だもの。

鎖鎌を取り出し、一息にそう言い切る。
彼女がアタシと波長の合う人間じゃなかったら、逃げ出されてもおかしくはない。
でも、我慢できなかったのと同時に、彼女なら大丈夫という確信めいた予感はあった。

無理、というのは技術がない、というニュアンスに聞こえた。
彼女は続けて言う。

やっぱり、アタシの思った通り。
今度は、笑みが零れるのを我慢なんてできなかった。

アタシは踵（きびす）を返してシヴの顔を見つめて。

アタシはそう提案した。
シヴは少々上の空だったけど、我に返った様子で答える。

壊すし、と小さな声でぽつりと答える。
かわいい。

嬉しいことに、彼女の方から快諾の返事が返ってきた。

シヴは、彼女が参加者かどうかが気がかりだったみたい。
けれど、杞憂に終わったことが嬉しかったらしく、笑顔で挨拶をしている。

アタシも鎖鎌をしまって、手を差し出しながら挨拶を。
彼女はゆっくりと手を取って、答えてくれた。

どうぞよろしく。
そう言いながら、彼女はシヴにも手を差し出した。
けれども、シヴはそれを見て小さく呻き、躊躇する。

心拍数や呼吸の変化を読み取るまでもない、わかりやすすぎる嘘。

アタシは……嘘は嫌いだけれど、彼女の気持ちが理解できないわけでもなかった。
だから、じっと黙っている。

話はおしまい、とばかりに手をポンチョの下に隠してしまう。
彼女はまだまだ、他人と触れ合うのに時間がかかるみたい。

行き場を失った手で竪琴をしまっていたアジェットだったけれど、唐突にそう指摘した。
これには、アタシも少々驚いた……見事すぎる指摘だったから。
彼女は芸術家故に、霊的な存在との交信が得意なのかもしれない。

シヴの表情と声が、嬉しそうなものからどんどん硬いものに変わっていく。

アジェットは声が硬くなった原因に心当たりがない様子で、少々戸惑ってる。
電気という現象も知らないみたい。
魔法が文明の殆どを支えている世界の出身かもしれない。

アタシは、地面に視線を落としているシヴに変わって、そう答えた。
シヴも、アタシを見上げて、小さく頷く。

シヴは、小さく頷くだけ。
アタシは、居ても立っても居られなかった。

アタシはシヴに手を差し出す。
シヴは、地面に目を落としたままだけれど、その手を握り返してくれた。

アタシは、もう片方の手をアジェットに差し出す。
アジェットは、意図がわからない様子ではあったけど、その手を握ってくれた。

この行為に、どれ程の意味と効果があるのかは、アタシにもわからない。

でも、シヴは励ましと受け取ってくれたみたい。
アジェットも微笑みながら頷いた。

これで丸く収まって、一件落着。
でも、シヴは本当に、大きな傷を隠し持っているように見えて仕方がない。

思わず、過去に探りをいれてしまいそうになったけれど、ぐっと堪えた。
まず間違いなく拒絶されるだろうから。
もっと、時間をかけて触れ合う必要があると、アタシはそう考えた。

シヴは短く答える。

アジェットも、同じく。

そして、アタシも。
三人で一緒に歩き出す。
二重唱（デュエット）が三重唱（トリオ）になったアタシたちの旅路は、まだ始まったばかり。